千葉市花見川区畑町の子安神社の概要


子安神社は、延暦年間(782~806年)に「子安古墳」を御神体として創立、延喜年間(901~923年)に「稲田神社」(笠間市稲田)より祭神を勧請された、千葉市花見川区畑町に鎮座する神社です。
明治期から終戦期まで旧指定村社に列格していました。
祭神
祭神として次の神様が祀られています。
- 櫛稲田媛命(くしいなだひめのみこと)…「建速素戔嗚命(たけはやすさのおのみこと)」の后神
創建の由来
当社周辺には、当地を治めていた豪族の円墳三基からなる「子安古墳」(子安古墳群)があります。当社は、第五十代 桓武天皇の延暦年間(782年から806年)に、この古墳を御神体とし五穀豊穣の神として創始されました。

その後、第六十代 醍醐天皇の延喜年間(901年から923年)、茨城県稲敷郡(現 笠間市稲田)の「稲田神社」より「奇稲田姫命」を勧請し「子安大明神」となりました。
御岩田帯皇室御献上之宮
当社は、皇室の懐妊時に安産祈願を行い、御岩田帯(いわたおび。妊婦が安産を願って巻く腹帯)として白羽二重一反を献上して受納される名誉を得ています。
千葉氏、式年大祭
建久四年、「平常胤」が安産祈願をしたところ無地男子を安産し、その御礼に社殿を造営(建久四年九月一七日の棟札あり)し、大祭典を行ないました。これが七年目毎の式年大祭の始めと言われています。
千葉氏の崇敬が篤かったようで、現在も鳥居や社殿の各所に九曜紋を見ることができます。


写真図鑑
拝殿







拝殿の彫刻






本殿




鳥居
かなりの大きさの両部鳥居です。









狛犬





境内社、仏像、石碑
『千葉県神社名鑑』に、「十二社神社」「水神社」が鎮座すると記されています。「十二社神社」については分かりませんでした。
道祖神、仏像



月山信仰の石碑と仏像




金毘羅大神



神水井の石碑

妙見宮


秌葉大権現(あきばだいごんげん0)

子宝観音子授地蔵



弁財天



田賀大明神、馬頭観世音



稲荷神社

三峰神社


古峰神社、大杉神社




稲荷大明神



富士山、浅間大神、石尊大権現(?)


白山神社等

水神社

手水舎


その他の建物




子安古墳




境内説明書、由緒書




境内樹木







参拝順路







基本情報
| 社号 | 子安神社 |
| ご祭神 | 櫛稲田媛命(くしいなだひめのみこと) |
| 住所 | 千葉市花見川区畑町2093 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
子安神社(こやすじんじゃ)(通称 こやす様) 旧指定村社
祭神
櫛稲田媛命(くしいなだひめのみこと)
境内神社
十二社神社・水神社
由緒沿革
桓武天皇の延暦年間に、この周辺を支配する豪族によって作られた子安古墳のお山を御神体とし、五穀豊穣の神として創立される。第六〇代醍醐天皇の延喜年間櫛稲田姫命を祀り子安大明神となる。千葉之介平常胤公の信仰厚く、建久四年奥方懐胎のとき安産祈願したところ男子を安産なされ、その御礼に社殿を造営(建久四年九月一七日の棟札あり)し、大祭典を行なった。これが七年目毎の式年大祭の始めである。
神事と芸能
二月二八日、無病息災を祈る「御湯立神事」。郷土芸能「神代十二座神楽」。

子安神社
御祭神
櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと)
御神徳
子授、安産守護、子育、縁結び
ご鎮座
桓武天皇の御宇延暦年間御創祀
Webサイト
- 子安神社【御岩田帯皇室御献上之宮】
https://koyasu-jinja.com/
書籍
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年
- 『三山の七年祭 : 二宮神社式年大祭 資料編』船橋市教育委員会社会教育課 編 1975年
- 『千葉市の民話・伝説・歴史ばなし』安藤操 編著 1979年
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