2026年の合同祭・神社系イベント

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8月21日、22日

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9月12日、13日

上総十二社祭り
9月10日、13日

大原はだか祭り
9月?日

安房やわたんまち
9月19日、20日

館山のまつり
10月17日、18日
船橋市小野田の安房神社(安房主神社)の概要


安房神社(安房主神社)は、戦国時代末期~江戸時代初期の創建と伝わる、船橋市小野田に鎮座する神社です。
往昔は「安房主神社(あわのすじんじゃ)」や「安房の須大明神」と称しました。
当地・小野田の鎮守で、明治期から終戦期まで村社に列格していました。
参拝の際は、大変見事な本殿の彫刻をじっくり見学するのをお勧めします。
祭神
祭神として次の神様が祀られています。
- 太玉命(ふとたまのみこと)…「天太玉命」のことでしょう
創建の由来
当地・小野田村に移り住んだ旧家「角頼太郎左衛門」が、生地・小池村の氏神を奉斎したのがはじめとされます。
小池村の氏神とは、現在、当社の東南東約880mに鎮座している八千代市小池の「小池安房神社」のことでしょう。両社は、ともに「天太玉命」を祀っています。
「角頼太郎左衛門」という人物は、戦国時代末期から江戸時代初期の人物と思われます。その理由は、当社の近隣に鎮座している船橋市小室町の「八幡神社」に残されている寛永三丙寅年(=1626年)の棟札に、「角頼太郎左衛門」の名前が記されているからです。
往昔の社名
当社の本来の社名は、「安房」ではなく「安房主」を冠したもので、「安房主神社」「安房主明神」「安房主大明神」「安房の須大明神」などと呼ばれていたようです。
読み方は「あわのすじんじゃ」だったと考えられます。


当社の勧請元の「小池安房神社」も、往昔は「淡次大明神」と称していたそうです。
| 鎮座場所 | 現社名 | 旧社名 |
|---|---|---|
| 八千代市小池 | 小池安房神社 | 淡次大明神、淡次大明神社 |
| 船橋市小野田 | 安房神社 | 安房主神社、安房の須神社 |
写真図鑑
拝殿


本殿








本殿の彫刻











鳥居




境内社
名称不明の二つの社






名称不明の社


名称不明の石祠


手水舎


参拝順路







基本情報
| 社号 | 安房神社 |
| ご祭神 | 太玉命(ふとたまのみこと) |
| 住所 | 船橋市小野田町610 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
安房神社 旧村社
祭神
太玉命(ふとたまのみこと)
P890
小野田鎮守安房主神社
なお光明寺と門前の道路を隔てて小丘上に此の地の鎮守安房主神社がある。この神社は元来此の地の旧家角頼太郎左衛門なるものが、その生地小池村より此処に移り来り、氏神として奉起したのが始めで、以来角頼氏は是を崇敬して自ら神主となって居つたが、正徳年中神社も社地も併せて光明寺に寄附し、以来光明寺が別当職を勤めて来たのだという。しかし明治初年神仏分離の際、今の様に寺との関係を離れた。千葉郡誌及び豊富中学校所蔵豊富村沿革史には此の神社を安房神社と呼んで居れど、実は安房主明神である。角頼家に伝わる享保四巳亥天五月吉日という日附のある法華宗御題目の曼陀羅に、明かに安房主大明神と記してある。また神社の扁額にも安房主大明神とある。安房主大明神というは、安房の須大明神ともしるす。葛飾記及び葛飾誌略によれば、今の市川市高石神の辺にも同じ名の神があつたという。天太王命を祀る安房神社とは著しく違って居つた様である。
今は此の神社の社殿は小さけれど顔る立派である。
因にいう。角頼家所蔵曼陀羅には「鎮守安房大明神大曼陀羅也」とも記してあれど、これは主の一字を脱したのであろう。
(後略)
小室の寺社
小室の寺は、立法山本覚寺で日蓮宗です。もと中山法華経寺の末寺でした。創立の時期ははっきりわかりませんが、日蓮宗の老僧日忍(正和5年―1316―に死去したと伝える)が開基したということです。本尊は釈迦牟尼仏で、本堂には三十番神がならべられています。
小室の鎮守は、八幡神社で祭神は応神天皇とされ、明治44年(1911)3月11日村内にあった厳島神社をここに合祀しました。毎年1月15日におびしゃ、9月15日に例祭が行われます。昔は小室・小野田・小池(八千代市)三村の鎮守であったとされ、「八幡宮御神体金銅釈迦牟尼仏御長四寸三分、右氏子当村小野田小池三村也別而小野田玉之井八郎積田与五郎角頼太郎左衛門渡辺氏等寛永三丙寅年二月吉日」と墨書された古い棟札が残っているそうです。また社殿には木彫の釈迦像があり、その背面に「寛永五戌申八月十五日当寺十一世日明在判(以下略)」と墨書されているそうです。この八幡神社の記事は、神仏混淆時代の遺物として貴重なものです。八幡神社の本殿が小室の集落に背を向けているのは、小野田・小池の守り神なのでこのような建て方をしたのだと地元では言われています。境内には天神社がまつられています。
参考:https://adeac.jp/funabashi-digital-museum/text-list/d100030/ht000270
Webサイト
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書籍
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年
- 『船橋市史 前篇』船橋市 1959年









