南房総市石堂の諏訪神社の概要


諏訪神社は、創建年不詳、南房総市石堂に鎮座する神社です。
明治期から終戦期まで村社に列格していました。
有名な「石堂寺」の南470m、丸山川沿いの田園風景を、里山の際から見守る神社です。
黒い控え柱が珍しい両部鳥居が格好良いです。この鳥居越しに眺める田園風景は最高の癒しです。
長野の諏訪神社本社同様、上社・下社に別れていたようですが、現在もそうなっているのでしょうか?
忌部の手置帆負命・彦狭知命を祀るのも珍しいです。
祭神
祭神として次の神様が祀られています。
- 建御名方命(たけみなかたのみこと)…大国主神(おおくにぬしのかみ)の御子神
- 八坂入姫命(やさかいりひめのみこと)…大国主神の后神 八坂刀売神(やさかとめのかみ)の誤りか?
- 手置帆負命(たおきほおいのみこと)
- 彦狭知命(ひこさしりのみこと)
- 天思兼命(あめのおもいかねのみこと)
後半の三柱は、慶応年間(1865~1868年)に合祀されました。
境内社
『千葉県神社名鑑』には、境内社として次の社が記されています。
- 下諏訪神社
- 八雲神社
年表
- 創建年は不詳、諏訪大社の上社・下社を祀る二つの社殿があった
- 1556年(弘治二年)、暴風雨により両社とも損壊
- 1557年(弘治三年)、再興・遷宮
- 慶応年間(1865~1868年)、手置帆負命・彦狭知命・天思兼命を合祀
- 1896年(明治二九年)、下社社殿修造
- 1905年(明治三八年)、上宮社殿修造
手置帆負命と彦狭知命を合祀
当社は、江戸末期~明治初期に、手置帆負命・彦狭知命・天思兼命の三柱を合祀しています。
手置帆負命・彦狭知命と言えば「莫越山神社」でしょう。当地区は、北と南の「莫越山神社」に挟まれた場所にあります。
当社近隣にかつて、忌部祖神や天岩戸の神を祀る社があったのでしょうか。
創建・由緒
諏訪神社(通称お諏訪さま) 旧村社
祭神
建御名方命(たけみなかたのみこと)八坂入姫命(やさかいりひめのみこと)手置帆負命(たおきほおいのみこと)彦狭知命(ひこさしりのみこと)天思兼命(あめのおもいかねのみこと)
境内神社
下諏訪神社・八雲神社
由緒沿革
創建年代など詳らかでないが、「弘治三年諏訪上下明神奉再興」及び「元和一一年諏訪下社再造」の棟札がある。天文一二年四月両社殿修造、 弘治二年八月暴風雨により両社とも損壊し、国主里見義堯に請い再興を図り、翌年遷宮。元禄一0年社殿修築、慶応元年六月社殿修造、明治二九年下社社殿修造、明治三八年上宮社殿修造す。慶応年間に手置帆負命・彦狭知命・天思兼命を合祀す。
写真図鑑
社殿
こちらが上社でしょうか?








境内社?
こちらが下社でしょうか?


鳥居
控え柱4本が黒く塗られた朱色の両部鳥居はかなり珍しいカラーリングです。




狛犬


ご神木

参拝順路






基本情報
社号 | 諏訪神社 |
ご祭神 | 建御名方命(たけみなかたのみこと)、八坂入姫命(やさかいりひめのみこと)、手置帆負命(たおきほおいのみこと)、彦狭知命(ひこさしりのみこと)、天思兼命(あめのおもいかねのみこと) |
境内社 | |
住所 | 南房総市石堂16 |
その他 | ■諏訪大社 四つの神社 https://suwataisha.or.jp/about/miyamori/ |
参考
上記のWeb サイトのほかに、下記を参考にさせていただきました。
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年