意富比神社コンテンツ
船橋市宮本の意富比神社(おおひじんじゃ)(船橋大神宮)の概要


意富比神社(おおひじんじゃ)は、船橋市宮本に鎮座する神社です。通称、船橋大神宮とも呼ばれます。
『延喜式』「神名帳」に葛飾郡の鎮守として記載される式内社で、明治期から終戦期まで県社に列格していました。
祭神
祭神として、「天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)」が祀られています。
一方、『日本三代実録』の863年(貞観5年)の記事に、「下総国意富比神(しもうさこくおおひのかみ)」とあります。「意富比神」については、次の説があるようです。
- 大火・大炊≒御食津神
- 大日…太陽崇拝
- 多氏(意富氏)に由来する
創建
- 景行天皇40年(西暦110年?)、日本武尊(やまとたけるのみこと)東国平定の折、当地にて平定成就と祈雨のために天照皇大御神を祀り創祀
- 景行天皇から「意富比神社」の称号を賜わる
- 夏見の神明様が合祀され、「船橋大神宮」「船橋神明」などと呼ばれるようになる
り祈願された処、御神徳の顕現がありました。これが当宮の創始であります。
景行天皇四〇年に、皇子日本武尊が東国御征討の途次、船橋湊郷に御到着、天照皇大神を祈誓、本祀されたことを以て創建とする。後に景行天皇がその御事を追慕され「意富比神社」の称号を賜わった。
たくさんある摂社・末社や灯明台については こちら をご覧ください。
写真図鑑
神門
一般参拝客は、拝殿ではなく、手前の神門での参拝となります。
神門 → 拝殿 → 本殿が縦に並んでいるようですが、玉垣に囲われ拝殿、本殿を拝むことは難しいです。





拝殿

本殿



鳥居
一之鳥居


二之鳥居


西一之鳥居




西一之鳥居


境内風景









参拝順路
南からの参拝経路






基本情報
社号 | 意富比神社(おおひじんじゃ)船橋大神宮 |
ご祭神 | 天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ) |
境内社 | |
由緒・歴史 | |
神紋 | |
本殿の向き | |
住所 | 船橋市宮本5-2-1 |
その他 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
意富比神社(おおひじんじゃ)(通称 船橋大神宮) 旧県社
祭神
天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)
境内神社
豊受姫神社・他二三柱
由緒治革
景行天皇四〇年に、皇子日本武尊が東国御征討の途次、船橋湊郷に御到着、天照皇大神を祈誓、本祀されたことを以て創建とする。後に景行天皇がその御事を追慕され「意富比神社」の称号を賜わった。仁平年間、源義朝が院宣を受けて神社再興の折「船橋伊勢大神宮」とも記載される。鎌倉時代、日蓮上人が断食祈願をする。徳川幕府は家康公以来代々五〇石の禄を献ずる。現社殿は明治初期より中頃にかけて修造され、大正一二年以後昭和に入り本殿、未社参道、玉垣等の改修を数度重ねて今日に至る。
Webサイト
書籍
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年
- 『房総の古社』菱沼 勇、梅田 義彦 著 1975年
- 『房総史話 : 史実と伝説の谷間』荒川法勝 編 1976年