千葉市花見川区幕張町の昆陽神社(こんようじんじゃ)の概要


昆陽神社(こんようじんじゃ)は、創建年不詳、千葉市花見川区幕張町に鎮座する神社です。
1846年(弘化三年)、秋葉神社境内に、青木昆陽(1698~1769年)を祀り創建されました。
昆陽は、甘藷(サツマイモ)栽培を成功させ、多くの人民の命を救ったことで知られています。彼が初めて甘藷栽培に成功したのが当地 馬加村(まくわりむら)(幕張)だったと言われています。
現在当社は秋葉神社の境内社という扱いになっており、二社の社殿は仲良く並んで建っています。
創建・由緒

昆陽神社由潴
【祭神】青木昆陽
江戸時代の蘭学者、甘藷栽培の普及につとめた昆陽は八代将軍吉宗に仕え、享保の大飢饉(七三三~三四)の翌年、江戸小石川の薬草園に甘醤を栽培、数ヶ所で試作し、成功したのが馬加(幕張)村だった。その後、幕府により各地に甘藷栽培が広まる。以後、全国の何万人という人々を餓から救った
【由来】
青木昆陽没後、天明の飢饉が起きた。甘薯栽培を始めて約四十年後のことで、馬加村ではこの大飢饉にもかかわらず、一人の死者も出さなかったといわれているそして、昆陽は「芋神さまとして敬われ、弘化三年(八四六)秋葉神社境内に祀られた
《道を隔てた千葉市用地に「昆陽先生甘醬試作之地」碑が建つ
(大正八年)千葉県指定史跡》
秋葉神社(通称 觀權様)
祭神
彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)
境内神社
昆陽神社
由緒沿革
往古、補陀楽山宝憧寺境内に鎮座され、享保年中、字下宿寺口へ遷座。これによって現在の地域を観権町と呼んだ。子守神社との二重氏子。
写真図鑑
社殿




鳥居



千葉県指定史跡 青木昆陽甘藷試作地
当社境内の東に、青木昆陽甘藷試作地があります。
中には入れないので、「この地で最初にサツマイモ栽培が成功したのか…」と思いを馳せつつ、遠くから石碑と看板を眺めましょう。




この地は、享保20年(1735)八代将軍吉宗の命により、青木昆陽が産摩芋を試験栽培し、成功した所です。
昆陽は江戸日本橋の魚商の子で本名を文蔵と称し、京都で無学を伊東涯に学びました。江戸に帰ったのち町
奉行大岡越前寺に抜擢され、幕府書物方に登用され古文書調査・蘭学研究に励む一方「海着考」を著し甘諸栽培
を説き、数素食として飢に備えるよう吉宗に上書し認められました。甘諸は小石川養生園(現植物園)、下総馬
加村(現在地)、上総豊海(九十九里町)で試作されましたが、現在地のみが成功しました。
甘藷栽培を紹介した人は昆陽以前にもいましたが、関東地方に広めたのは昆陽が最初であり、幕府の事業として実施したため全国に影響を与えました。その後幕張における甘諸栽培は次第に増え、天明の大飢饉にも甘藷のおかげで餓死者は皆無であったと伝えています。天保年間(1830~40)には、検見川で甘藷から飴も製造されるようになりました。
千葉市教育委員会
参拝順路
秋葉神社鳥居から参拝



右:昆陽神社

昆陽神社鳥居から参拝


基本情報
社号 | 秋葉神社 |
ご祭神 | 彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと) |
境内社 | |
住所 | 千葉市花見川区幕張町4-803 |
その他 | ■千葉市:魅力チャンネル 文化・芸術 https://www.city.chiba.jp/keizainosei/keizai/promotion/citysalesvideo003.html |
参考
上記のWeb サイトのほかに、下記を参考にさせていただきました。
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年