麻賀多神社とは?
「麻賀多神社(まかたじんじゃ)」は、農業振興を司る「和久産巣日神(わくむすびのかみ)」や「稚日霊命(わかひるめのみこと)」を祭神とする、千葉県北西部の印旛沼周辺に鎮座する神社です。
日本国内で唯一この地域にのみ鎮座しており、麻賀多十八社(印旛十八麻賀多)なる18社を含め、現在30社ほどが確認できます。
「本社」は成田市台方、その「奥津宮」が同市船形に鎮座しています。「本社」は、日月神示(ひつくしんじ)で知られる境内社「天之日津久神社(あめのひつくじんじゃ)」や東日本一の大杉があり、全国的にも有名な社です。佐倉市鏑木町の社は、佐倉藩総鎮守として篤い崇敬を集めています。

「農業振興」「麻」「いんば」と聞くと、古語拾遺に記載されている、麻の栽培を目的に入植した斎部(いんべ)氏を思い起こしてしまいます。
麻賀多十八社(印旛十八麻賀多)
麻賀多十八社(印旛十八麻賀多)の鎮座する地域
「麻賀多十八社」の鎮座地域は下記で、「本社」から西南方向に分霊されていったような雰囲気です。
- 佐倉市:11社
- 酒々井町:2社
- 成田市:2社
- 富里市:2社
- 八千代市の:1社
麻賀多十八社の地図
- 紺色:麻賀多神社(麻賀多十八社)
- 水色:麻賀多神社(十八社以外)
- 黄色:宗像神社
- 赤色:鳥見神社


麻賀多十八社の一覧
- 順番は「佐倉藩鎮守 麻賀多神社」さん資料を参考にした
麻賀多十八社 | 住所 | 創建年 | メモ |
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麻賀多神社 | 佐倉市鏑木町933-1 | 不詳 | 佐倉藩鎮守 |
大蛇町麻賀多神社 | 佐倉市大蛇町385-1 | 806年(大同元年) | |
城麻賀多神社 | 佐倉市城777-5 | 保元二年(1157年)とする説あり | |
麻賀多神社 | 佐倉市大佐倉183(旧 1500付近) | 不詳 | 現在は八幡神社の境内社 |
太田麻賀多神社 | 佐倉市太田1505 | 不詳 | |
大篠塚麻賀多神社 | 佐倉市大篠塚1106 | 明応元年(1492年) | |
江原新田 麻賀多神社 | 佐倉市江原新田1 | 慶長年間(1596~1615年)とする説あり | |
飯田麻賀多神社 | 佐倉市飯田1400 | 不詳 | |
飯野麻賀多神社 | 佐倉市飯野768 | 不詳 | |
岩名麻賀多神社 | 佐倉市岩名250 | 天和三年(1683年)かそれ以前 | |
高崎麻賀多神社 | 佐倉市高崎49 | 不詳 | |
下宿麻賀多神社 | 印旛郡酒々井町酒々井204 | 天喜年間(1053~1058年) | |
下台麻賀多神社 | 印旛郡酒々井町下台159 | 不詳 | |
麻賀多神社 本社 | 成田市台方 字稷山1 | 推古紀(593~628年)? | 本社 |
麻賀多神社 奥宮 | 成田市船形834 | 応神紀(270~310年)? | 奥宮 |
新橋麻賀多神社 | 富里市新橋818 | 弘化四年(1847年)より以前 | |
中澤麻賀多神社 | 富里市中沢503 | 不詳 | 富里市新橋の社から分霊 |
麻賀多神社 | 八千代市神野763付近 | 不詳 |


麻賀多十八社の記事一覧
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麻賀多神社 奥津宮(手黒社)│成田市船形字手黒
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麻賀多神社 本社(稷山社)│成田市台方字稷山
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城麻賀多神社│佐倉市城
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高崎麻賀多神社│佐倉市高崎
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大篠塚麻賀多神社│佐倉市大篠塚
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飯野麻賀多神社│佐倉市飯野
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岩名麻賀多神社│佐倉市岩名
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飯田麻賀多神社│佐倉市飯田
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麻賀多神社│八千代市神野
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麻賀多神社│佐倉市大佐倉
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下宿麻賀多神社│酒々井町酒々井
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中澤麻賀多神社│富里市中沢
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新橋麻賀多神社(正一位麻賀多大明神)│富里市新橋
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大蛇麻賀多神社(おおじゃまかたじんじゃ)│佐倉市大蛇町
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下台麻賀多神社│印旛郡酒々井町
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佐倉藩鎮守 麻賀多神社│佐倉市鏑木町
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江原新田麻賀多神社│佐倉市
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太田麻賀多神社│佐倉市太田
おまけ:千年前は麻賀多十七社?
印西市戸神の宗像神社の看板には、下記のような記述があります。


(前略)約一千年程前、印旛沼、手賀沼、利根川、牛久沼、霞ケ浦等この一帯が未だ内海であった頃、印旛沼、手賀沼沿岸に、宗像神社十三社、鳥見神社二十社、麻賀多神社十七社が全国に類を見ない得意な形態で配祀されました。(後略)
一千年前は、「麻賀多十七社」だったのでしょうか?
その他の麻賀多神社 一覧
駒形神社は、「小麻賀多」→「こまがた」→「駒形」の変化でしょうか?
麻賀多神社 | 住所 |
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高岡麻賀多神社(鏑木町より分社) | 佐倉市高岡266 |
中台麻賀多神社 | 成田市中台4-26 |
駒形神社(小麻賀多神社) | 佐倉市内田1 |
駒形神社(小麻賀多神社) | 八千代市勝田572 |
駒形神社(小麻賀多神社) | 八千代市上高野283 |
駒形神社(小麻賀多神社) | 八千代市保品(現在は未確認) |
駒形神社(小麻賀多神社) | 印旛郡酒々井町上岩橋1795 |
駒形神社(小麻賀多神社) | 富里市久能553 |
駒形神社(小麻賀多神社) | 富里市大和603−1 |
麻賀多神社 | 成田市公津新田121 |
麻賀多神社 | 成田市米野121 |
麻賀多神社関連の年表(更新中)
110年頃(景行天皇) | 日本武尊が、麻賀多神社奥宮となる場所で大杉に鏡を掛ける。 →当地での五穀豊穣祈願の開始。 |
(景行天皇41年) 日本武尊東夷征伐 | 日本武尊が、印西市山田に筑紫の宗像神社を奉斎する仮宮を造営。 |
(景行天皇53年) 景行天皇東国巡覧 | 景行天皇が、上述の印西市山田の社を「宗像宮」と号す。 |
270~310年 (応神天皇) | 印波国初代国造に就任した伊都許利命が ・杉の木の下より七つの玉を掘り出し、鏡と共に祀り、「奥宮」を創建。祭神は稚日霊尊と稚産霊尊 ・天御中主命に祈り、息子の病が回復 ・印旛沼の治水と殖産振興を計って平賀に宗像三神を祭る。平賀宗像神社の創建か?(『神社名鑑』) |
608年 (推古天皇16年) | 広鋤手黒彦(伊都許利命七代の孫)が稷山に稚産霊神を遷座し「本社」を創建 |
7世紀 | 公津ヶ原39号墳造営 |
■ 謝辞
麻賀多十八社に属する情報は、佐倉藩総鎮守 麻賀多神社様に丁寧にご教示いただきました。誠にありがとうございました。
佐倉藩総鎮守 麻賀多神社
http://www.makata.jp/■ 参考
印旛沼流域情報マップ
https://inba-numa.com/html/file/keikaku/rekishi_bunka.pdf