莫越山神社記（社伝記）│南房総市宮下・沓見

莫越山神社記

莫越山神社は、安房国朝夷郡宮下村に鎮座し、手置帆負命と彦狭知命を祀り、あわせて小民命と御道命を配祀している。

伝えによれば、神武天皇辛酉元年、天富命が斎部諸氏を率いて東国に赴き、麻や穀物を播き植えた。
良質な麻がよく生育したため、これを「阿波」と名づけ、斎部が居住した地を「安房」と呼んだ。

そこで天富命は、父である太玉命を祀る社を建てた。これが現在の安房神社である。

このとき、手置帆負命の孫である小民命と御道命も、ともに天富命に従って東国を開拓し、莫越山において手置帆負命と彦狭知命を祀った。

莫越山は、別名を渡度という。

元正天皇の養老二年、勅命によって社地が与えられた。

本社は『延喜式』および神名帳に記され、安房国六座のうち、朝夷郡四座の一社である。

この年、あらたに遥拝所を石神畑に設け、その近隣には、渡度・狐座・御木の三官林があり、
また、名草、香斎、戸斎、乃宮川、御殿、御田、神火、都々伊、宮本、禰宜沢、御子舞原、竿尺、小屋台、盾縫、下谷口、山乃戸、斎部屋敷、幣造谷、堀内、笠作、谷甕、鳥居山などの地があった。

里は丸郷といい、村は宮下といい、これらは神社の鎮座地に隣接している。

毎年、大祭・小祭が行われ、年始祭、祈年祭、月次祭、神嘗祭、新嘗祭、御殿祭、大秋祭、鎮火祭、虫符射礼式、風祭、雨乞祭、惣社祭、夏薙渡御祭などの祭礼が執り行われてきた。

『延喜式』の時代から正長年間に至るまで、丸但馬守がこの神社の祭祀を司っていた。

治承年間、源頼朝が石橋山で敗れて安房に入った際、丸五郎信俊を郷導としてこの地を巡視し、神社を修復し、さらに小民命と御道命を配祀した。

小民命は、手置帆負命の四世の孫で、天道根命の弟にあたり、岩波氏の遠祖である。

岩波氏は、もとは「齋」および「伊波」の字を用いていたが、後に国名の音に近いため、これを改めた。

この神社は中世には讃岐国にも分祀され、その子孫が毎年、八百矛などを奉納していたという。

社はもとは渡度山にあったが、現在は田の中にあり、見晴らしがよく、古木に囲まれて、きわめて静かで選ばれた地である。

社殿は青々とした松の下に建ち、建具や帳はきわめて荘厳で、神威はいよいよ高く、参拝者の供えは絶えることがない。

近年、里人が社殿を修理するにあたり、古記の記述に基づき、古老の語りを尋ねて、この縁起をまとめたものである。

正長元年

この神社を莫越山神社と呼ぶのは、神威がきわめて顕著で、この神の威力がきわだっているからである。

謹んで古い記録を参照すると、次のように伝えられている。

神武天皇元年、天富命が阿波忌部を率いて房総の地に到来し、小民命・小道命が、手置帆負命・彦狭知命を祭った。これがすなわち当社の創建である。

元正天皇の養老二年には、勅願所と定められ、『延喜式』に記載され、安房国六座のうち四座の一社となった。

『旧事記』神祇本紀には、手置帆負命と彦狭知命の二神が、大峡・小峡の木材を伐って瑞殿を造ったと記されている。

この二神は、まことに木工・工匠たちの始祖である。

当社に安置されている香木製の立像二体は、手置帆負命と彦狭知命の像である。

一年の四季それぞれに祭祀があり、
正月元日は春祭、
六月十三日は夏祭、
九月十九日は秋祭、
十二月二十八日は冬祭と称する。

このほか、毎年十二回の祭典が行われている。

本社に属する社領として、
宮本屋敷に一反十七歩、
神火屋敷に一反十歩、
神花屋敷に田九畝二歩、
馬洗場に三畝十五歩、
的場に一反、
称宜屋敷に四畝六歩がある。

また社の近隣には、
莫越沢、斎部屋敷、称宜沢、堀内、神火、名草、無字、縄筒井、鳥井松、神沢、的場、矢畑、
さらに尺馬洗、宮本、嶽下、安房畑、御子舞原、幣造谷などの地名があるという。

（宮下・莫越山神社蔵）

これは、安房国の莫越山神社について記したものである。
この社は子安社であり、安房国朝夷郡神梅邑の莫越山に鎮座している。

実際には、豊玉姫命を主祭神とする祠であり、あわせて彦火火出見尊と、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊を祀り、合計三柱の神を祀っている。

一つは神梅明神と称し、一つは問子神と称する。

社の傍らにある小さな祠は忌部神であり、世にいう地主神であって、木工・大工の祖神であるとされている。

昔、天孫は災厄に遭い、諸々の海神の宮を避けて身を寄せた。
海神はそのため娘を侍らせ、三年のあいだ滞在した。

帰ろうとしたとき、妃は言った。
「私はすでに身ごもっています。天孫の子です。どうか海の中に棄てないでください。願わくは、海辺に産室を設けてください。」

そこで鸕鷀の羽で屋根を葺き、産室を作った。

しかし建物がまだ完成しないうちに、妃は妹の玉依姫を、巨鼇（鼇：ゴウ。オオウミガメのこと）に乗せて呼び寄せ、立ち会わせた。

「産室を覗いてはなりません」と戒めたにもかかわらず、天孫は不審に思い、これを覗いてしまった。
すると妃の姿は龍であった。

妃は恥じ、また恨み、茅で子を包み、波瀲（瀲：ミギワ。なぎさのこと）の彼方へと流し去った。

天孫は妹に歌を歌わせ、自らも妃と唱和して子を呼び戻そうとした。
妃もこれに応じて歌ったが、その詞はきわめて悲しく、ついに縁を絶ち、呼びかけにも応じなかった。

「草葺不合」と呼ばれる神は、すなわち妃の命によって生まれた天孫の子である。

この地を神梅と呼び、この山を莫越と呼ぶのも、いずれも由来があるのである。

そもそもこの神社の創建は、後三条天皇の延久年間に始まり、今の明和年間に至るまで、およそ六百九十余年を数える。

人々は年ごとの祭祀を欠かさず行い、今日まで絶えることがなかった。

神社の管理者である斎藤某が人を介して依頼したため、私はこの記録を書き残すこととした。

私の考えでは、神が拠り所とするのは人であり、人が仕えるのは神である。
苦しみを抱える者が、誠心誠意祈るならば、神の加護と恵みは必ず与えられる。

世の人は、今ばかりを知って古を知らないことがある。
それでも切実に神を求め続けるのは、このためである。

そこで、その大要をここに記した。

明和丙戌臘月嘉辰
従五位下守園書頭林信愛識
（沓見　莫越山神社所蔵）