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南房総市沓見の莫越山神社(なこしやまじんじゃ)の概要


莫越山神社(なこしやまじんじゃ)は、大工・工匠や子授け・安産の神を祀る、南房総市沓見(くつみ)(旧 朝夷郡 神梅邑、旧 安房郡 丸山町 沓見 神梅(かんうめ))に鎮座する神社です。
『延喜式』記載の「莫越山神社」に比定され、明治期から終戦期まで郷社に列格していました。
大工の神様としてあつく信仰されるほか、全国で四社しかない清酒醸造が許されている神社です。
祭神
- 手置帆負命(たおきほおいのみこと)…大工・工匠の祖神。讃岐忌部氏の祖
- 彦狭知命(ひこさしりのみこと)…大工・工匠の祖神。紀伊忌部氏の祖
- 彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)…初代 神武天皇の祖父神
- 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)…初代 神武天皇の祖母神
- 鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)…初代 神武天皇の父神
- 他五柱
大工・工匠の神様四柱を祀る
当社々殿では、天照大神の宮殿を造営し大工・工匠の神様として知られる次の二柱を祀っています。
- 手置帆負命(たおきほおいのみこと)
- 彦狭知命(ひこさしりのみこと)
また、境内社の「若宮神社」では、その孫裔であり当地を開拓した次の二柱を祀っています。
- 小民命(こたみのみこと、おたみのみこと)
- 御道命(みちのみこと、みぢのみこと、おみちのみこと)
創建年
いくつかの言い伝えがあります。
- 神武天皇元年の創建(『千葉県神社名鑑』)
- 元正天皇の御代の養老二年(718年)の勧請(『安房誌』)
- 後三条天皇の延久年間(1069年~1074年)の創建(『沓見莫越山神社社伝記』)
社名・祭神の変遷
「古は神梅明神と称す。今莫越山神社と云う」(『安房志』)とある通り、当社はもとは子授け・安産の神社です。18世紀中頃~後半に大工・工匠の祖神を祀る「莫越山神社」となったようで、大まかに次のように変遷したと考えられます。
神梅大明神・子安大明神・問子大明神
↓ 合祀
子安社(神梅神社)
↓ 江戸時代中~後期に改名
莫越山神社
そのため、当社は次のような複数の別称でも呼ばれます。
- 子安社、子安大明神 → 祭神:豊玉姫命
- 神梅明神(かんうめ-、かのうめ-)、神梅大明神、神梅神社 → 祭神:彦火々出見尊
- 問子神(といこ-) → 祭神:鸕鶿草葺不合尊
- 小屋安様(こややすさま) → 祭神:手置帆負命・彦狭知命
- 「神梅」は「子産め(こうめ)」からの転化でしょうか?
さらに詳しくはこちら
社名・祭神の変遷
| 年 | 神社名(祭神) | 参考 |
|---|---|---|
| ? | 神梅大明神(彦火々出見尊)・ 子安大明神(豊玉姫命)・ 問子大明神(鸕鶿草葺不合尊) | 『安房志』 |
| 元和二年(1616年) | 神梅明神 | 中村弥右衛門吉繁の寄付状 |
| 寛文十三年(1673年) | 子安大明神 | 吉田家継目許状 |
| 延宝八年(1680年) | 莫越山神社(彦火々出見尊・豊玉姫命・鸕鶿草葺不合尊) 境内:忌部神の祠(地主神であり木工・大工の祖神) | 『沓見莫越山神社社伝記』(1766年の模写) |
| 正徳四年(1714年) | 子安大明神 | 吉田家継目許状 |
| 元文元年(1736年) | 子安大明神 | 吉田家継目許状 |
| 明和二年(1765年) | 子安大明神 | 吉田家継目許状 |
| 明和三年(1766年) | 莫越山神社(彦火々出見尊・豊玉姫命・鸕鶿草葺不合尊) 境内:忌部神の祠(地主神であり木工・大工の祖神) | 『沓見莫越山神社社伝記』(1766年の模写) |
| 寛政八年(1796年) | 莫越山神社 | 吉田家継目許状 |
| 文政十三年(1830年) | 莫越山神社 | 吉田家継目許状 |
| 安政二年(1855年) | 莫越山神社 | 吉田家継目許状 |
| 1908年 | 神梅神社(彦火々出見尊・豊玉姫命・鸕鶿草葺不合尊) 別宮:小屋安大明神(手置帆負命・彦狭知命) | 『安房志』 |
| 現在 | 莫越山神社(手置帆負命・彦狭知命・彦火々出見尊・豊玉姫命・鸕鶿草葺不合尊・他五柱) | 『千葉県神社名鑑』 |
「莫越山神社」と改称した時期が1680年と1766年の二通りあるようです。社伝記(後述)に「1680年から『莫越山神社』の名称である」と記すことで、吉田家に対し、古くからの社名であることを印象付けたかったのかもしれません。
ところで、1908年になっても肝心の大工の祖神二柱が主祭神に祀られていないことが気になります。
『沓見莫越山神社社伝記』明和三年十二月※
本縁起は、延宝八年(1680年)に神主 斎東右京進藤原清重の書いた『沓見莫越山神社社伝記』を、明和三年(1766年)に模写したもの、とのことです。
当社は、後三条天皇の延久年間(1069年~1074年)創建、梅邑の莫越山に鎮座する「子安社」(子育て・安産の神様)で、「神梅明神」「問子神」とも呼ばれている。
次の三柱を祀る。
- 豊玉姫命(主祭神)
- 彦火火出見尊(配祀神)
- 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(配祀神)
社の傍らにある小さな祠は「忌部神」で、当地の地主神であり、木工・大工の祖神であるとされている。
参考:吉田家書状、神社縁起、『安房志』、森谷ひろみ氏の著書等
御神酒醸造の神事
神事としてお酒造りが許されている神社は全国に40社以上あり、そのほとんどが、白く濁った「濁酒」のみの認可。
一方、濁りを除いた透明な「清酒」造りが許されているのはわずか4社のみで、その一つがこの莫越山神社というわけです。ちなみに、その他の神社は、伊勢神宮と出雲大社という錚々たる顔ぶれです。
莫越山神社で醸造したお神酒は、館山市内の鶴谷八幡宮で開かれる「安房国司祭 鶴谷八幡宮例大祭(やわたんまち)」の際、同宮に奉納され、氏子、神輿の担ぎ手や来場者らに振る舞われるそうです。
参拝日記
山が面積のほとんどを占める南房総市ですが、市内を南北方向に流れ、東の白子海岸で海へ合流する丸山川の流域には、広大な田んぼが広がっています。この川沿いには二つの「莫越山神社」(なこしやまじんじゃ)が鎮座しており、このページで紹介するのは川下、海岸から2.4kmほどの「沓見」(くつみ)という集落に鎮座する莫越山神社です。
美しい田んぼのなかにぽつんと浮かぶ小さな台地の上に鎮座しています。山の麓に巨大な白い神明鳥居が屹立しており、遠くからでも本社を確認することができました。


台地の前の白い鳥居が目印。
本社は、清酒醸造を行っている珍しい神社とのことですが、周囲の広い田園風景を見ていると、1,000年以上前から酒造りを行っているというのも納得がいきます。
一之鳥居の先を進むと、左手直角に二之鳥居が建っています。私が参拝したのは7月中旬だったのですが、ここから先は、終始アマガエル天国。進むたびに、足元で小さい何かが飛び跳ね逃げていきます。これだけ蛙がいると、それを常食とする蛇もいるはずなのですが、トンビが多いからでしょうか? 周辺で蛇を見ることはありませんでした。
丁度良い歩幅の石段を登った正面に、共に神明造の拝殿・本殿が建っています。奥に行くにつれ高くなり、拝殿は一段、本殿はさらに一段高い場所に建っています。境内は非常にきれいに掃除され、大変居心地の良い神社です。


写真図鑑


社殿
1886年(明治十九年)に祠廟が竣工(『安房志』)、社殿と神餅所が繋がっています。

社殿は左側で神餅所と繋がってる




奥に、玉垣で囲われた本殿が見える。



鳥居
一之鳥居




左右に石碑が建っています。
二之鳥居



奥の車止めに、複数のアマガエルが張り付いていました。

三之鳥居


左の巨木は、天然記念物のスダジイ
摂社、末社
若宮神社
明治16年(1883)造立、祭神として、莫越山神社を創建した小民命と御道命、および、相殿に10柱を合祀しています。




本殿
- 小民命…当莫越山神社を杞った神 工匠の神 家宅守護の神
- 御道命…当莫越山神社を杞った神 工匠の神 家宅守護の神
相殿
- 稻荷神社…宇迦御魂命 食物の神・産業の神
- 白鳥神社…日本武尊 平和の神 大物主命 疫神医薬の神
- 琴比羅神社…崇徳天大 皇海上安全の神
- 八雲神社…速須佐之男命 山林浴水の神
- 山祇神社…大山祇神 山の神
- 宗像神社…市杵島姫命 祭祀の神
- 猿田神社…猿田彦命 先導の神・ボールの神
- 石神社…玉依姫命 神霊祭紀の神
- 白山神社…伊弉那美尊 創造の神・婚礼の神
手水舎



ご神木
南房総市指定文化財 記天「莫越山神社の椎」(スダジイ、子育てのシイ)



社務所・神輿庫


常夜灯基台


以前は基台の上に灯明台があり、夕方になると神主さんが灯を入れていたそうです。
現在は電灯が設置されています。
その他




境内風景




参拝順路

すぐに左前方に現れる丘が目的地です。




左右に、古い鳥居の柱と石碑が置かれています













女坂からの参拝






詳細情報
| 社号 | 莫越山神社 |
| ご祭神 | 手置帆負命(たおきほおいのみこと)、彦狭知命(ひこさしりのみこと)、彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、他五柱 |
| 境内社 | 若宮神社 |
| 住所 | 南房総市沓見253 |
| その他 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
莫越山神社(なこしやま神社)
[通称 小屋安様(こややすさま)、祖神様(そじんさま)] 旧郷社
祭神
手置帆負命(たおきほおいのみこと)、彦狭知命(ひこさしりのみこと)、彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、他五柱
境内神社
若宮神社
由緒沿革
神武天皇元年、天富命が斎部の諸氏を率いて東土開拓に来臨された時、天小民命、御道命も随従し工匠の職に奉仕、その祖手置帆負命、彦狭知命を当社に祀る。当社は「延喜式神明帳」所載の安房国六座の一である。手置帆負命、彦狭知命は皇国工匠の祖神であり、その職に奉仕する者の崇敬を集めている。延喜の制には式内小社に列せられ、大化の制には国司の祭祀にあずかる。治承年間には源頼朝の祈願の事あり神田二〇町を寄進、また里見氏、徳川氏より三石の寄進を受ける。
神事と芸能
神酒醸造許可(年間一石を限度とする)。粥占神事(三月一日)。猿田彦の舞(七月九日・一一月三二日)。国司祭に神輿出祭(九月一四・一五日、館山市八幡・八幡宮)。
神梅神社
豊田村沓見の南方丘上に鏡座す 古は神梅明神と称す 今莫越山神社と云 境内九百坪 祭神は 彦火火出見命を 神梅大明神と称し 豊玉比咩命を 子安大明神と称し 鸕鶿草葺不合尊を 問子大明神と称せり 今之を合祀す 別宮一座 小屋安大明神と号す 忌部の神 手置帆負命 彦狭知命を祭る
(中略)
明治十九年十一月 土木の功竣り 更に遷宮せしものにして 本殿 幣殿 拝殿 新撰所 社務所等 相連なり 別に若宮社を拝殿の北位に設け 小民命及び御道命を祀る 又相殿に宗像 八雲 稲荷 山祇 白山 白鳥等の諸社を祭る 金比羅社其の東位に在り 大物主命及び崇徳天皇も祀れり 此社古昔は数郷村の鎮守なりしも 遂に沓見村一社の鎮祭するところとなり
(後略)

延喜式内小社、明治六年八月郷社に列格(旧社格)
祭神本殿
手置帆負命 彦狭知命
小屋安の大神と称す 工匠祖神、家宅守護の神
相殿
彦火々出見尊 敷物の祖神
豊玉姬命 安産育児の神
鸕鶿草葺不合尊 海猟海上安全の神
例祭日七月九日 由緒沿革
創立は神武天皇元年。天富命忌部の諸氏を率いて東方の開拓に安房の国に来臨し、東方の開拓をなされた時、随神として来られ工匠の職に奉仕した、天小民命、御道命が、忌部の神 手置帆負命 彦狭知命を当社莫越山におまつりして祖先崇敬の範を示された。手置帆負命彦狭知命は工匠の祖神で氏上天太玉命に従って宮殿家屋機械器具の類をつくりはじめた神で、工匠の祖神であり家の守護神でもあります。参拝する事により工匠にかかわる人は勿論家屋に住む者すべて御神徳が授けられます。
相殿に彦火々出見尊・豊玉姫命・鸕鶿草葺不合尊がまつられておりますが、日本敷物の祖神、安産育児の神、海猟海上安全の御神徳が授けられます。

南房総市沓見に鎮座する茣越山神社は、『延喜式」にみられる安房国六座の一社といわれる神社である。社伝によれば、神武天皇の時代に、阿波から天富命と共にこの地へ開拓に来た、部氏が創建したとされる。
主祭神の手置帆負命と彦狭知命は、工匠の祖神とされ、近世以降は、安房地域だけではなく江戸の建築関係者たちからも仰を集めた。
また当社は、館山市の鶴谷心宮で毎年九月に開催される、地域最大の祭礼である安房国司祭(県指定無形民俗文化財「安房やわたんまち」)に出祭する神社の一つである。祭礼初日の朝に当社を出発した神興は、鶴谷八幡宮で一晩を過ごし、二日日の深夜に還御する慣わしとなっている。
南房総市指定無形民俗文化財神酒造り神事
平成十三年八月一日指定
神酒造り神事とは、神に供える清酒(神酒)を醸造する神事である。かつて当社では、年数回の醸造が行われていたというが、現在は安房国司祭に合わせて、年一回のみ行われる。
清酒の仕込みは、宮司や神社役員の手で八月上旬から始められ、約一ヵ月をかけて醸造される。醸造した清酒は、国司祭の初日に鶴谷八幡宮に奉納されるほか、同祭に参加する当社の神興の担ぎ手などに振舞われる。
清酒醸造の免許を所持している神社は全国的に珍しく、当社以外で所持しているのは、三重県の神宮(伊勢神宮)、島根県の出雲大社、山口県の岡崎心幡宮の三社のみである。
南房総市指定無形民俗文化財 奏楽・猿田彦の舞
平成十三年八月一日指定
奏楽・猿田彦の舞は、七月の例祭と十一月の新嘗祭で奉納される芸能で、始まりは江戸時代中期まで遡るとみられている。奏楽は、二人・一人・太鼓一人の計四人で構成され、原則として、氏子等が伝承している。
猿田彦の舞は、天狗の面をつけて猿田彦命に扮した演者が、奏楽に合わせて舞い、五穀豊穣・天下泰平・国家安穏を祈るものである。猿田彦の所作は、田起こしから収穫までの農耕作業を表現しているといわれ、こちらも氏子が伝承している。
南房総市指定天然記念物 莫越山神社の椎
平成十三年八月一日指定
社殿手前にある椎(スダジイ)は、高が十三・七m、胸高直径が一•五cmに及ぶ大木であり、この地域に生育する椎としては、かなり大きい部類に入るとされる。当社の御神木とされており、齢は二百年以上と推定されている。
南房総市教育委員会
Webサイト
- 館山市立博物館 沓見莫越山神社<丸山>
http://history.hanaumikaidou.com/archives/6320
書籍
- 『安房国式内社に関する歴史地理学的研究ー第二報朝夷郡莫越山神社についてー』森谷 ひろみ 1971年
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987
- 『房総の杜』千葉県神社庁房総の杜編纂委員会 著 2005年
- 『古語拾遺』斎部広成 編 807年
- 『大麻と古代日本の神々』山口博 著 2014年
- 『丸山町史 史料集』丸山町史編集委員会 編 1986年
- 『安房志』斉藤 夏之助 著 1908年

















