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鷲宮神社│埼玉県さいたま市岩槻区上野

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埼玉県さいたま市岩槻区上野の鷲宮神社の概要

鷲宮神社は、創建年不詳、埼玉県さいたま市岩槻区上野に鎮座する神社です。

当社は、当地で最も古いといわれる関根家の鬼門の方角にあるため、同家の守護神として祀られたという説があります。

当地・上野の大部分は、太古には海であり、現在集落のある台地は、そのころの海岸であったと伝わります。

祭神

祭神として次の神様が祀られています。

  • 天穂日命

写真図鑑

拝殿

本殿

鳥居

一之鳥居

二之鳥居

狛犬

境内社

名称不明の社

名称不明の社

天満宮、雷電宮

手水舎

参拝順路

基本情報

参考

下記を参考にさせていただきました。

抜粋

『』抜粋

驚宮神社 御由緒
さいたま市岩槻区上野六1六ー八

御縁起(歴史)
元荒川左岸の田園地帯の中にある上野の大部分は、太古には海であり、現在集落のある台地は、そのころの海岸であったという。その地内からは、縄文時代の貝塚や竪穴式住居跡などが発見されており、こうした言い伝えを裏付けている。
この上野の中で、最も古いといわれているのが上組にある関根家である。
関根家は、家伝によれば延暦・大同のころ(七八ニ-ハ一〇)から続くといわれ、弘法大師に食事を振る舞った時に使ったとされる古い御膳が残っている。要害の地に居を構えた郷士であった同家は、太田氏が岩槻城主となった後は太田氏に仕え、天正十八年(一五九〇)の豊臣の北条攻めの時には馳せ参じたという。当社は、この関根家の鬼門の方角にあるため、同家の守護神として祀られたともいわれており、江戸時代に別当であった宝生院は同家の隣にある。
一方、「明細帳」は、「鎮祭天正十九年六月十四日二有之由申伝剤段旧記等ハ無之明治六年四月中損者申立済云々」と当社の由緒を記している。
この「鎮祭天正十九年」の出典・根拠については不明であり、当社にもこれに関係する資料は見当たらないが、関根家の家伝と関連させて考えるなら、天正十八年の合戦後に関根家及び上野村の守りの堅固なることを願って奉斉した社であるどの見方ができる。
あまのはひのみこ

御祭神 天穂日命

御祭日
・新春祈願祭並甘酒神事(一月一日)
・五穀豊穣祭並神事三本杵餅つき(九月)
・新穀感謝祭(十一月二十三日)
・豊作祈願祭(七月)

Webサイト

書籍

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