氷川神社コンテンツ
氷川三社レイライン ─ 「大宮氷川神社」「中山神社(中氷川神社)」「氷川女體神社」
「氷川神社」と称する神社は、ほぼすべてが旧 武蔵国にあるそうです。旧 武蔵国の領域では、埼玉県に162社、東京都に59社、神川県に1社。一方、旧 武蔵国以外では、千葉県に1社、茨城県2社、栃木県に2社、北海道に1社を数えるのみとのことです(『祭祀圏の問題』)。
このうち、古い創建伝承をもつ「武蔵一宮 氷川神社」(さいたま市大宮区)、「中山神社(中氷川神社)」(さいたま市見沼区)、「氷川女體神社(氷川女体神社)」(さいたま市緑区)の三社について、その鎮座地を縄文海進時の海面を再現した地図上にプロットしてみました。
すると、三社はいずれも高台に位置し、当時も海没していなかったことが確認できました。さらに、この三社はほぼ等間隔で一直線上に並んでいることもわかりました。

中央の▲:中山神社(中氷川神社)
右の■:氷川女體神社(氷川女体神社)

中央の▲:中山神社(中氷川神社)
右の■:氷川女體神社(氷川女体神社)
| 地図上のマーク | 社名 | 場所 | 創建 |
|---|---|---|---|
| 左の● | 大宮氷川神社 | さいたま市大宮区 | 第五代 孝昭天皇三年 |
| 中央の▲ | 中山神社(中氷川神社) | さいたま市見沼区 | 第十代 崇神天皇の御代二年 |
| 右の■ | 氷川女體神社(氷川女体神社) | さいたま市緑区 | 鎌倉時代かそれ以前 |
次に、三社を直線で結び、そのおおよその角度を調べました。普段はこうした線引きによる解釈に距離を置く当サイト筆者ですが、実際に角度を確認したところ、プラス150度 = マイナス30度となり、冬至の日の出とほぼ同じ方向を指していることがわかりました。

左の●:大宮氷川神社
中央の▲:中山神社(中氷川神社)
右の■:氷川女體神社(氷川女体神社)
一直線にならぶ?「大宮氷川神社」「中氷川神社」「奥氷川神社」
さらに広域の「氷川神社」のラインとして、当社・「大宮氷川神社」、所沢市山口の「中氷川神社」、東京都西多摩郡奥多摩町の「奥氷川神社」が知られています。
この三社は、「大宮-中宮-奥宮」あるいは「氷川-中氷川-奥氷川」となり、『武蔵国式内社の歴史地理』には「東西のほぼ同一線上にある」と記されています。

| 地図上のマーク | 社名 | 場所 | 創建 |
|---|---|---|---|
| 赤● | 大宮氷川神社 | さいたま市大宮区 | 第五代 孝昭天皇三年 |
| 青● | 中氷川神社 | 所沢市山口 | |
| 黄● | 奥氷川神社 | 東京都西多摩郡奥多摩町 |
赤・青・黄色の●印が、この三社となります。きれいな直線にはなりませんが、西方向への開拓の足跡と捉えることもできそうです。
基本情報
| 社号 | 武蔵一宮 氷川神社 |
| ご祭神 | 須佐之男命(すさのおのみこと)、稲田姫命(いなだひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと) |
| 住所 | 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1−407 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
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Webサイト
- 武蔵一宮 氷川神社 公式webサイト
https://musashiichinomiya-hikawa.or.jp/
書籍
- 『日本民俗学 〔第1-4〕 神事篇』中山太郎 著 昭和5
- 『新編武蔵風土記稿 巻之151 足立郡之17,巻之152 足立郡之18,巻之153 足立郡之19,巻之154 足立郡之20』内務省地理局 明17年
- 『新編武蔵風土記稿 巻之135 足立郡之1,巻之136 足立郡之2,巻之137 足立郡之3,巻之138 足立郡之4,巻之139 足立郡之5』内務省地理局 明17年
- 『日本の神々 神社と聖地 11 関東』谷川 健一 編 1984年

















