氷川神社コンテンツ
見沼(三沼)
見沼(三沼)は、かつて、さいたま市から川口市にかけて存在した、「コ」の字型の巨大な湖です。享保十三年に干拓され消失しましたが、さいたま市の「見沼区」の名称に、その名残が見えます。
見沼は、当社・「大宮氷川神社」を筆頭に、氷川系の古社の歴史を考えるうえで大変重要な湖です。当社の湧き水も見沼に注いでいたと考えられます。
『新編武蔵風土記稿』に、江戸時代の異なる二時期における見沼(三沼)の地図が見えます。ここでは、それらと現在の地形図を合わせて示します。
正保年中(1644~1648年)の見沼と現在の地形図の比較
正保年中(1644~1648年)の地図には、「大宮氷川神社」「中山神社(中氷川神社)」の二社は見えず、「氷川女體神社」だけが記載されています。この時代は何らかの理由で「女体神社」の方が勢力があったのではないかと考察されています(『武蔵国式内社の歴史地理』)。

矢印は「女體権現」
「正保年中改定図」の切抜き

左の●:大宮氷川神社
中央の▲:中山神社(中氷川神社)
右の■:氷川女體神社(氷川女体神社)
元禄年中(1688~1704年)の見沼と現在の地形図の比較
元禄年中(1688~1704年)を見ると、「大宮氷川神社」「氷川女體神社」の二社が見えます。

左の矢印:「氷川神社」
下の矢印:神社の社名はない
「元禄年中改定図」の切抜き

左の●:大宮氷川神社
中央の▲:中山神社(中氷川神社)
右の■:氷川女體神社(氷川女体神社)
- 地図の参考:『新編武蔵風土記稿 巻之135 足立郡之1,巻之136 足立郡之2,巻之137 足立郡之3,巻之138 足立郡之4,巻之139 足立郡之5』
見沼の南端はどこまで?
見沼の具体的な場所を調べる際、南端が不明瞭で苦労しましたが、江戸期の村名と現在地名を比定することで、柴川第一調整池が見沼の南端であることがわかりました。
- 片柳村 → さいたま市見沼区
- 大牧村 → さいたま市緑区大間木
- 付嶋村 → さいたま市緑区大間木(飛び地)
- 指間村 → 埼玉県川口市差間

「正保年中改定図」の切抜き
江戸期の村名と現在地名を丁寧に比較することで、
見沼柴川第一調整池が見沼の南端にあたることがわかった
正保年中は1644~1648年
高鼻
当社の現在の住所は「さいたま市大宮区高鼻町一丁目407」。この「高鼻」の地名の由来については、見沼に突き出たような形をしているため、このように呼ばれるという説があります。
この説明だけでは土地勘のない筆者にはイメージしづらかったため、標高図をもとに、海水面を12メートル上昇させた場合のシミュレーションで地形を確認してみました。

左:標高図
→ 東方向に延びる花咲のような半島の根元に当社が鎮座している
右:同じ場所の現在の地図
すると氷川神社の鎮座地は、大宮台地の縁から見沼へ向かって東に小さく張り出した半島地形の付け根に位置していることがわかりましす。現在の「高鼻」という地名も、この鼻先のように伸びた地形に由来するものと思われます。
蛇の池、神池
上記の地図を拡大してみると、往昔、この地では見沼の水が当社の社殿を西・南・東の三方から取り囲むように入り込んでいたことがわかります。

左:標高図
→ 東方向に延びる花咲のような半島の根元に当社が鎮座している
右:同じ場所の現在の地図
地図をさらに拡大し、現在の境内地図と比較しました。すると、社殿の左にある「蛇の池」の湧水が、社殿の周囲を反時計回りにぐるりと半周し、東側の見沼に注いでいたであろうことがわかります。
現在も残されている、社殿の西側の「蛇の池」と南側の「神池」は、干拓により消失してしまった「見沼」の貴重な痕跡であることがわかります。

「蛇の池」の湧水が反時計回りに流れ、「見沼」に注いでいたであろうことがわかる。
境内の「蛇の池」と「神池」は、消失した「見沼」の痕跡か。
『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』P293の図を抜粋
蛇の池(じゃのいけ)
蛇の池はもともと禁足地でしたが、現在は写真の部分まで散策することができます。



この水が、神池に流れるのだろう

神池の写真




基本情報
| 社号 | 武蔵一宮 氷川神社 |
| ご祭神 | 須佐之男命(すさのおのみこと)、稲田姫命(いなだひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと) |
| 住所 | 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1−407 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
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Webサイト
- 武蔵一宮 氷川神社 公式webサイト
https://musashiichinomiya-hikawa.or.jp/
書籍
- 『日本民俗学 〔第1-4〕 神事篇』中山太郎 著 昭和5
- 『新編武蔵風土記稿 巻之151 足立郡之17,巻之152 足立郡之18,巻之153 足立郡之19,巻之154 足立郡之20』内務省地理局 明17年
- 『新編武蔵風土記稿 巻之135 足立郡之1,巻之136 足立郡之2,巻之137 足立郡之3,巻之138 足立郡之4,巻之139 足立郡之5』内務省地理局 明17年
- 『日本の神々 神社と聖地 11 関東』谷川 健一 編 1984年
- 『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁神社調査団 編 1998年

















