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玉田神社│香取市大倉丁子

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香取市大倉丁子の玉田神社の概要

玉田神社は、倉稲魂神(うかのみたまのかみ)を祀る、香取市大倉丁子に鎮座する神社です。

「すぐいのいなり」(須久井の稲荷)の別称の通り、いわゆるお稲荷さんの社のようです。

当社の「力石」は、市指定民俗文化財に登録されています。

本矢作城(もとやはぎじょう)の鬼門封じとして創建

平安から鎌倉時代に変わる建久年間(1190~1199年)、千葉氏の国分 胤通(こくぶ たねみち)が、本矢作城(もとやはぎじょう。香取市本矢作)築城に際し、艮(うしとら)の方角の鎮守として、須久井の地に創建。その後の寛文―二年(1662年)、徳川旗本領主 坂部 三十郎が、水神谷の地に遷宮しました。

須久井に創建されたため「すぐいのいなり」と呼ばれるのかと思いますが、須久井が現在のどのあたりなのかは不明です。

総常二州に崇敬者が多いと言われています。

まさに神域…

これぞまさに神域という感じの、ひと気のない静寂に包まれた境内です。

ただし、アクセス方法が不明です。参拝客は北と南どちらから来るべきか? 一般乗用車の車幅で通れるのか? そもそも、外部車両の侵入が可能なのか? など、参拝の際は問い合わせた方が良いかと思います。

創建・由緒

『佐原市史』抜粋

玉田神社

祭神名 保食命(倉稲魂命)

創建年代 寛文一二年

『千葉県神社名鑑』抜粋

玉田神社(通称 すぐいのいなり)

祭神
倉稲魂神(うかのみたまのかみ)

由緒沿革
建久年間、千葉介常胤五子、国分五郎大膳胤通が本矢作城築城の際艮位の鎮として幽境須久井に創建。寛文―二年徳川旗本領主坂部三十郎が現在地の水神谷に造営。安永二年再造。文政二年、大正―二年修営。昭和五七年社家願主により拝殿改築、本殿改修、鳥居、参道石階、境内神詞等整備す。社蔵に御鏡、絵馬を有す。境内に改築記念碑等あり。「力石」は市指定民俗文化財。総常二州に崇敬者が多い。

境内石碑の抜粋

(前略)寛文十二壬子歳 棋下の士坂部三十郎 国家安泰 武運長久を祈願し 水神谷の神奈備に遷宮せらる。(後略)

写真図鑑

拝殿

拝殿右脇の石像

本殿

拝殿と本殿

北からの参拝経路

一之鳥居周辺

一之鳥居は、車がビュンビュン高速で走り去る、利根水郷ライン沿いにあります。車での侵入が可能なのか不明です。

二之鳥居周辺

ひと気のない森を進みます。二之鳥居脇の標石から、往昔の旅人に思いを馳せます。

三之鳥居

幻想的な三之鳥居です。鳥居右奥に十三重石塔があります。他地域と比べ、佐原・香取地域は、神仏混淆時代の名残がそのままになっている所が非常に多いです。

四之鳥居周辺

五之鳥居周辺

社殿左脇から入る入口

南西からの参拝経路

南西の一之鳥居周辺

南西の二、三之鳥居周辺

その他

境内風景

基本情報

社号玉田神社
ご祭神倉稲魂神(うかのみたまのかみ)
境内社
住所香取市大倉丁子360
その他■玉田神社の力石 – 香取市
https://www.city.katori.lg.jp/culture_sport/bunkazai/isan/isan_vol101-110.files/h27615.pdf

参考

上記のWeb サイトのほかに、下記を参考にさせていただきました。

  • 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年
  • 『佐原市史』佐原市 著 1966年

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