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亀の子さま│銚子市

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銚子市君ケ浜の亀の子さまの概要


銚子市の漁師のあいだには、ウミガメは丁重に扱うべき存在で、決して粗末にしたり食べてはならないという言い伝えがあります。

明治末年、機械船の乗組員がカメを食べたところ、帰途に川口付近で船が転覆し、全員が亡くなったと伝えられています。

現在、市内各地の神社や浜辺には、釣針にかかり死んでしまったカメの供養塔・墓である「亀の子さま」が、合計35基確認されています。

「亀の子様」と「亀の枕」の民話

「亀の子様」のはなし

漁網にウミガメがかかった場合、とっておきの上等のお酒をカメに振舞って、海に帰してあげなければなりません。

川口と夫婦ケ鼻(めどがはな、夫婦鼻)(どちらも現在は銚子市川口町)の間には、よく亀を海に帰してあげた「亀おくり」という場所が昭和30年代まであったそうです。現在は、港がコンクリートで固められ、面影を見ることはできません。

万一、カメが釣針にかかり死んだ場合は、自分の先祖よりもはずんだ墓を作ります。この墓は「亀の子さま」と呼ばれ、現在も、「川口神社」境内や、浜辺で何基も見ることができます。

長崎(銚子市長崎町)の「亀の子さま」だけは、後述の「亀の枕」を祀る「亀の子神社」となっているそうです。

「亀の枕」のはなし

ウミガメが流木の欠片を首の下に置き、くつろいでいることがあります。この流木片を「カメのまくら」といい、拾った船は大漁が約束されているそうです。

長崎(銚子市長崎町)の「亀の子さま」ではこれを大切に祀っていると言われます。

各地の「亀の子さま」

銚子市君ケ浜の「亀の子さま」

海鹿島(あしかじま)近隣の浜辺にある「亀の子さま」です。

1987年出版の『銚子の民話』に、「海鹿島『老人いこいの家』のそばにも最近建立された。」とあるため、比較的新しい「亀の子さま」のようです。

  • 「老人いこいの家」は、「憩いの家君ヶ浜荘」(昭和57年委託運営開始、平成5年廃止)のことか。

関東最東端の眺め

話は脱線しますが、この「亀の子さま」の東の岩礁地帯が、離島を除くと、房総・関東最東端になるようです。

「自分が一番『日の出る場所』にいる!」と特別な気持ちになれますが、波にさらわれないよう十分気を付けましょう。

「川口神社」の「亀の子さま」

「川口神社」の境内、石段を上る途中の三之鳥居の脇に、「海亀之霊」「海幸亀之霊」などと刻された石碑が多数並んでいます。「亀の子さま」が最も多いのはこの場所と言われています。

新しいものとしては昭和54年の碑もあり、近年まで風習が残っていたことが伺えます。

参考

下記を参考にさせていただきました。

抜粋

『銚子市文化財保存活用地域計画 2020.12月 千葉県銚子市』抜粋

P43
◆民俗文化財
①有形の民俗文化財
・風習
本市には、昔から漁師たちの間でカメが網にかかった場合、とっておきの酒をふるまい、海へ帰す風習があり、利根川の河口と夫婦ケ鼻の間に「カメおくり」と呼ばれる場所が昭和 30 年代までありました。万一、カメが釣針にかかって死んでしまった場合は、漁師たちは自分の祖先より立派な墓「亀の子さま」(供養塔)を建てました。「亀の子様と亀の枕」という民話があり、漁師と亀の関係はこの民話を通して広く認知されています。ウミガメに関する風習は、県内では本市と天津小湊町に集中し、市内の川口神社をはじめカメの供養塔を 35 基確認しています。また、川口神社には 1 基の「鯨墓」もあります。

『銚子の民話』抜粋

P1
カメの子さまとカメのまくら
むかしから、銚子の漁師たちのあいだでは、カメが網にかかったりすると、とっておきの酒をふるまって、海へ返してやるならわしがある。(中略)
また、カメが釣針にかかって死んだりすると、漁師たちは、自分の先祖よりはずんだ墓をつくってやった。その墓は『カメの子さま』といわれて、今も川口神社の境内や、長崎町の鳥明浦や名洗浦の恵比寿さまに残っている。(中略)
P4
銚子市の田村弘二氏の研究によれば、「亀の子信仰」の碑は、銚子市では明治以降のもので、川口神社・長崎酉明浦・妙福寺・名洗恵比寿神社等に見られ、市外では、利根川沿岸に分布し、佐原市大戸を限界にしているという。
「亀の子さま」(墓)は、市内では、川口神社境内(三の鳥居そば)が最も多い。ここには、昭和五十四年に建立されたものもあって、この信仰が現在でも続けられていることがうかがわれる。海鹿島「老人いこいの家」のそばにも最近建立された。(後略)

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