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鷲社(天日鷲社)│鹿嶋市神野

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鹿嶋市神野の鷲社(わしのやしろ)の概要

鷲社(わしのやしろ)は、創建年不詳、鹿嶋市神野に鎮座する鹿島神宮の境外末社です。

祭神として「天日鷲命(あめのひわしのみこと)」を祀っており、「鷲宮(わしのみや)」や「鷲神社」、「天日鷲社」とも呼ばれています。

鹿島神宮の南南西1.4kmほど、「跡宮」の近傍に位置しています。現在は神野大通の坂の東側に鎮座していますが、明治の初年までは西側にあったそうです(『鹿島神宮誌』)。現在よりもより「跡宮」の近くにあったのでしょうか。

近傍の跡宮にも「鷲」のエピソードあり

当社の道を挟んで斜め向かいに神宮 跡宮が鎮座しています。

こちらの掲示板に、次のような歌があります。

<原文>

かしまのや 鷲の羽かひに のりてこし 昔の跡は 絶せさりけり

後京極摂政

<当サイト筆者(理系)訳>

鹿島の神よ、かつて鷲の翼に乗って来られた、その功績や歴史は、絶えることなく続いているのだなあ。

「鹿島の神」が乗ったという「鷲」は、当社祭神 天日鷲命を意味するのでしょうか? 武甕槌神と天日鷲命がこの地を訪れたと想像すると、何だかわくわくしますね。

ちなみに、神宮の御朱印帳には、鷲が描かれているものがあります。

天日鷲命が現れた?

正徳のころ(260年前)、当社の傍らにあった松の巨木を伐ろうとしたところ、真っ赤な血が噴き出し、白髪の老翁が現れ行衣(ぎょうい、ぎょうえ)の袖で切痕をなでました。この老翁こそ、御神木の精霊、あるいは、「天日鷲命」だろうと伝わります。

  • 行衣:滝行、水行、修行や参拝の際に身につける白色の着物

「天日鷲命」は布織物にゆかりの深い神様と言われます。当地域でも、日鷲系忌部氏が布織物生産を行っていた可能性を想起させます。

『鹿島町史 第2巻 (鹿島の文化史)』

鷲神社の御神木

神野の南はずれ神野坂の下り口の右側にある跡宮と相対して左側に鷲神社がある。そこに大人数人でも廻らない太い松の御神木があった。正徳のころ(二六〇年前)この松を伐ることになり、木挽が斧を入れたら、まっ赤な血がふき出した。人々は驚いて逃げ去って遠くから見ていると、白髪の老翁がよろめきながら、どこからともなく現われ、行衣の袖で切痕をなぜている。
これこそ、御神木の精霊か、天日鷲命(アメノヒワシノミコト)だろうと、それ以来、人々は注連を張り、尊崇していたが、その後、安政六年(一八五九)大風で倒れたので、枝などを切り始めたら、今度も、また血が流れ出したということである。(昭和四五年鹿島誌)

写真図鑑

社殿周辺の風景

社殿

境内風景

南方向を見た景色

参拝順路

基本情報

社号鷲社
ご祭神天日鷲命
住所鹿嶋市神野1-8-8
その他■鹿島神宮
https://kashimajingu.jp

参考

下記を参考にさせていただきました。

抜粋

『鹿島神宮』抜粋

境外 末社

鷲宮

祭神 天日鷲命(あめのひわしのみこと)

『鹿島町史 第1巻 鹿島の歴史』抜粋

鷲神社
鎮座地 神野
御祭神 天日鷲命

『大日本地名辞書 下巻 二版』抜粋

鹿島のや鷲の羽かひにのりてこし昔の跡はこひせざりけり

今跡宮の境内に、天日鷲社あるは、この由来にあるべし、亦荒祭宮あり、大神の荒魂を祭る。

境内由緒書 抜粋

末社 鷲社(わしのやしろ)

祭神 天日鷲命(あめのひわしのみこと)

江戸時代には、当社神木について霊験が語られている古社であります

Webサイト

書籍

  • 『鹿島神宮』東 実 著 1968年
  • 『鹿島町史 第1巻 鹿島の歴史』鹿島町広報課内鹿島町史編さん委員会 著 1972年
  • 『鹿島町史 第2巻 鹿島の文化史』鹿島町広報課内鹿島町史編さん委員会 著 1974年
  • 『鹿島神宮誌』岡泰雄 編 1933年年(https://dl.ndl.go.jp/pid/1213094/1/4)
  • 『大日本地名辞書 下巻 二版』吉田東伍 著 1907年
  • 『鹿島町史 第2巻 (鹿島の文化史)』鹿島町史編さん委員会 編 1974

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