佐倉市鏑木町の佐倉藩鎮守 麻賀多神社(まかたじんじゃ)の概要


佐倉藩鎮守 麻賀多神社(まかたじんじゃ)は、創建年不詳、稚産霊命(わかむすびのみこと)を祭神とする、佐倉市鏑木町に鎮座する神社です。明治期から終戦期まで旧郷社に列格していました。
印旛沼南の佐倉城址や市役所のある台地のなかほど、「京成佐倉」駅の南650m、JR「佐倉」駅の北1.1kmほどの場所に鎮座しています。
祭神 稚産霊命(わかむすびのみこと)とは?
稚産霊命(わかむすびのみこと)は、蚕・桑・五穀などを司る神で、伊邪那美命(いざなみ-)の子、または、伊邪那美命の産んだ火之迦具土神(ひのかぐつち-)の子とされています。
ちなみに、稚産霊命の子は、やはり農業神で食物・穀物を司る豊宇気毘売神(とようけひめのかみ)です。
麻賀多神社とは?
日本国内で印旛にだけ存在
「麻賀多神社」の名を冠する社は、日本国内で印旛周辺にのみ鎮座するかなり珍しい神社です。麻賀多十八社(印旛十八麻賀多)と呼ばれる18社を含め、現在は30社前後の麻賀多神社が確認できます。
少し話がずれますが、下記地図の如く、「麻賀多神社」「宗像神社」「鳥見神社」の勢力圏の境界が厳密に線引きされているのが大変興味深いです。
- 紺色:麻賀多神社(麻賀多十八社)
- 水色:麻賀多神社(十八社以外)
- 黄色:宗像神社
- 赤色:鳥見神社
麻賀多神社の創祀は成田市船形の奥津宮
成田市台方の麻賀多神社が「本宮」(本社)、同市船形の麻賀多神社が「奥津宮」(奥宮)で、これらが印旛周辺に勧請され現在に至るようです。
最初に創建されたのは奥津宮で、1800年余前、印旛国造 伊都許利命(いんばのくにのみやつこ いつこりのみこと)が、稚日霊命(わかひるめのみこと)を創祀したのが始まりとされています。
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創建・由緒
創建年代および由緒不詳、明治期から終戦期まで旧郷社、神稚産霊命(わかむすびのみこと)を祭神とする神社です。
境内社として、三峯神社、稲荷神社、疱瘡神社が鎮座しています。
麻賀多神社(通称まかたさま) 旧郷社
祭神
神稚産霊命(わかむすびのみこと)
境内神社
稲荷神社(五社)
由緒沿革
佐倉の総鎮守で、はじめは上代この地方に移り住んだ多氏族の氏の神としてまつられる。その後、時代が下って慶長年間神社の西方に佐倉城が築かれてからは城地鎮護の神としても代々の藩主や家臣にあつく崇敬され、社殿の度々の造営や神鏡•太刀など宝物類の寄進が続いた。現在の社殿は天保一四年、幕府老中首座を務めた堀田正睦公の再建になり、社宝の甲冑「紫裾濃胴丸」(県指定重要文化財)は最後の藩主堀田正倫公の奉納するところである。


写真図鑑
社殿
























奥宮
当社の奥宮は、御祭神 稚産霊神の荒魂を祀っています。「荒魂(あらみたま)」とは、神様の荒々しく攻撃的な面のことです。この逆の「和魂(にぎみたま)は、神様の優しく穏和な面のことです。
荒魂を祀る「奥宮」を別途拝する社は、香取神宮や鹿島神宮などで見られる以外、千葉近隣ではまったく見られません。
※麻賀多神社 奥津宮は、旧鎮座地を奥宮としているので、荒霊とは関係なさそうです。








鳥居




大変美しい




摂社、末社
摂社 稲荷神社(麻賀多さまの御子神)
流造の小祠に狐像が所狭しと並べられています。
公式HPには「稲荷神社(麻賀多さまの御子神)」と書かれています。祭神 稚産霊命(わくむすび-)とその御子神 豊宇気毘売神(とようけひめ-)は、ともに五穀豊穣を司る農業神です。








摂社 三峯神社(福禄寿)、末社 疱瘡神社(なで恵比寿)








手水舎、社務所




ご神木 大銀杏








境内の看板






入口




茅の輪
2023年6月に参拝したところ、運良く茅の輪が設置されていました。




境内風景




参拝順路








詳細情報
社号 | 佐倉藩総鎮守 麻賀多神社 |
ご祭神 | 和久産巣日神(わくむすびのかみ、わかむすびのかみ、稚産霊命) |
境内社 | 三峯神社、稲荷神社、疱瘡神社 |
家紋 | 麻紋 |
住所 | 佐倉市鏑木町933-1 |
その他 | ■公式HP http://www.makata.jp/ |