市原市菊間の阿波能須神社(あわのすじんじゃ)の概要


阿波能須神社(あわのすじんじゃ)は、創建年不詳、市原市菊間に鎮座する神社です。
『千葉県神社名鑑』に記載はありません。
祭神
祭神として次の神様が祀られています。
- 天比理刀咩命(あめのひりとめのみこと)
地域の五穀豊穣、および、祭神が女性のためか安産の神としても崇拝されているそうです。
創建の由来
境内の案内板には、次のように記されています。
天富命に率いられて房総へ渡来した忌部氏の一部は、当地・菊間において麻や穀物の栽培に成功しました。
この成果を祖神の導きによるものと感謝し、「天比理刀咩命」を祭神として奉斎し、「阿波」の地名にちなみ「阿波能須神社」を創建したと伝えられます。
① 菊間で麻と穀物が栽培された可能性
案内板に、当地で麻栽培が行われていたことが記されています。近隣地域では次のようなこともわかっています。
- 当社の西約1.9kmに鎮座する「飯香岡八幡宮」では、麻植神「天日鷲神社」の石碑が建っている。
- 当地地区の北部、低地を挟んだ台地上の生実地区にも、「天日鷲命」を祀る社や、麻織物に関する地名・伝承が残されている。
これらの点から、浜野川・村田川を挟んだ南北の高台一帯、すなわち、菊間・生実にまたがる広域に於いて、麻布づくりが展開されていたことが示唆されます。
「源頼朝」が「天比理刀咩命」を祀ったのか?
案内板によれば、「天比理刀咩命」は、麻や穀物の栽培が成功したのちに奉斎されたとされています。つまり、開拓当初から祀られていたわけではなく、後に祭神として定められたわけです。
当社の南西約5kmの五井地区には「阿波須神社(あわすじんじゃ)」が鎮座しており、こちらは「源頼朝」が「天比理刀咩命」を勧請した社であることが知られています。社名が類似し、祭神も同じで、地理的にも近接していることから、「阿波能須神社」についても「源頼朝」勧請である可能性が想起されます。
| 社名 | 祭神 | 創建の由来 | |
|---|---|---|---|
| 阿波能須神社(あわのす-) | 天比理刀咩命 | – | 市原市菊間 |
| 阿波須神社(あわす-) | 天比理刀咩命 | 源頼朝の勧請 | 市原市五井 |
写真図鑑
拝殿





鳥居


境内外観
古墳上にあるようにも見えます。



参拝順路






基本情報
| 社号 | 阿波能須神社 |
| ご祭神 | 天比理刀咩命(あめのひりとめのみこと) |
| 住所 | 市原市菊間2341−2 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
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阿波能須(あわのす)神社
祭神…天比理刀咩命(あめのひりとめのみこと)
女性の神である。夫は天太玉命(あめのふとだまのみこと)
房州安房神社の祭神でもある。
二人の子孫天富命(あまのとみのみこと)は神武天皇の命を受けて天日鷲命(あまのひわしのみこと)の子孫を率いて、麻や穀物の栽培に適した地を求めて四国阿波に赴いた。
その一部は阿波から房州に渡来、菊間に至り住むと麻と穀物の栽培で成功する。この成功も先祖の導きのおかげと天比理刀咩命(あめのひりとめのみこと)を祭神として祀るようになり「阿波」の地名をとり「阿波能須神社」として造営された。
以来、地域の五穀豊穣と祭神が女性のためか、安産の神としても崇拝されている。
毎年二月第一日曜日には、昔からの言い伝え通りの作法でおびしゃ祭が催行されている。
徳永おびしや祭保存会
市原市菊間徳永町会
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