君津市人見の人見神社の概要


人見神社は、創建年不詳、君津市人見の獅子山(人見山)の頂に鎮座する神社です。
明治期から終戦期まで郷社に列格していました。
地元では「みょうけんさん」と呼ばれているそうです。
祭神
「妙見菩薩」を祀っていましたが、明治期に「人見神社」と改称し次の祭神が祀られました。
- 天之御中主命(あめのみなかぬしのみこと)
- 高皇産霊命(たかみむすびのみこと)
- 神皇産舞命(かみむすびのみこと)
菩薩は「観音堂」に祀られています。
由緒沿革
創建の由来
『千葉県神社名鑑』や公式HPを見ると、当社創建に関する謂れが幾通りも記されています。以下に概要を列挙します。
- 孝徳天皇元年(650年)に日向国より勧請した
- 「平将門」が北辰尊皇王を祀った社で、二総六妙見の一社
- 「平良文」が相模国高座郡村岡より遷し祀る
- 近郷の大堀の地にわずか二戸しかなかった頃、「太右衛門」が見つけた妙見尊像を、もう一人の「市右衛門」とともに獅子山に祀った「妙見隠し」を起源とする
- 天慶三年(940)に「平忠常」が上総介として赴任した際、武蔵国より北辰妙見の神霊を上総・下総各地に勧請した。その中の代表的な一社が当社である
御本尊は「妙見菩薩」でしたが、明治期の「人見神社」への改称に伴い、菩薩は「観音堂」に祀られることになりました。
人見山の由来
当社が鎮座する台地は、人見山や獅子山と呼ばれます。
人見山の由来は、当地を訪れた「日本武尊」が、「弟橘媛命」を追慕し海路をふと御覧になったことに由来します。
この下線部の「ふと見そなはし給ふ」(不斗見曾奈波志給)の「不斗見(ふとみ)」が「人見」に変化し、当社の鎮座する山が「人見山」と呼ばれるようになったという説があります。
写真図鑑
拝殿









「人見神社 防衛政務次官 衆議院議員 浜田幸一」
と記されている

本殿





拝殿周辺の文物





千葉氏の家紋が二つ見える。
朝日の昇る波の模様も味がある

鳥居
一之鳥居





二之鳥居



狛犬






境内社
一之鳥居左手にある境内社






一之鳥居をくぐり左に鎮座する金毘羅神社




浅間神社





頂にある春日神社、浅間神社、八幡神社、八雲神社、吾妻神社




頂にあるその他の社等


仏教施設、仏像
頂にある観音堂


頂にある仏像


人見山(獅子山)の遠景
当社が鎮座する人見山の遠景です。内房線の車窓からも目立つ台地の突端に位置しています。



手水
一之鳥居近隣の手水


頂の手水


展望デッキ
北側の展望デッキ





南側の展望デッキ




境内風景


参拝順路















基本情報
| 社号 | 人見神社 |
| ご祭神 | 天之御中主命(あめのみなかぬしのみこと)高皇産霊命(たかみむすびのみこと)神皇産舞命(かみむすびのみこと) |
| 住所 | 千葉県君津市人見892 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
人見神社(ひとみじんじゃ)(通称 みょうけんさん) 旧郷社
祭神
天之御中主命(あめのみなかぬしのみこと)高皇産霊命(たかみむすびのみこと)神皇産舞命(かみむすびのみこと)
境内神社
日枝神社
由緒沿革
創建の年代不詳。孝徳天皇白雉元年に日向国より勧請したともいい、また中古、平将門が北辰尊皇王を祀った所で二総六妙見の一社ともいう。あるいはまた平良文が相模国高座郡村岡より遷し祀るとも云われる。天正一九年徳川家康より朱印五石の証を受け、元禄四年領主小笠原彦太夫より大刀一振奉納、寛政九年領主小笠原兵庫の寄進により社殿造営。火災にあい、現社殿は昭和四七年七月再建。


Webサイト
- 人見神社 公式HP
https://hitomi-jinja.jp/
書籍
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年




















