2026年の合同祭・神社系イベント

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9月10日、13日

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9月?日

安房やわたんまち
9月19日、20日

館山のまつり
10月17日、18日
目次
千葉県における景行天皇の事績

ここに宮が置かれ景行天皇が滞在したという

上総国の鹿野山・鬼泪山で「悪路王」を打ち取った「日本武尊」の逸話はよく知られていますが、その父親である第十二代「景行天皇」も千葉県を訪れたと伝わっていることをご存じでしょうか?
『日本書紀』や「高家神社」の由緒に関連して、天皇が安房勝山でハマグリの膾を食べ、大変喜ばれた話を読んだことがある方もいるでしょう。一方、天皇の千葉県内におけるそれ以外の事績を調べてみると、かなりの数が残されていることがわかりました。
それをまとめると、次のような興味深い傾向が見えてきました。
- 内房・外房・印旛沼周辺などの沿岸に近いところに伝承が多い
- 式内社に関連する伝承が多い
⓪ 時代背景 ― 縄文~弥生期の過渡期
調査中…
① 景行天皇の東国平定まで
- 景行二年、双子の息子が生まれる。弟の方が「日本武尊」である
- 景行三年、息子「武内宿禰」が生まれる。
- 景行二十五年、「武内宿禰」に北陸と東方の偵察を命じる
- 景行二十七年春、帰還した「武内宿禰」が、「東国の日高見国の土地は越えていて広大、侵略すると良いでしょう」と報告
- 景行二十七年冬、若干十六歳の「日本武尊」に熊襲討伐がくだる。翌年、「日本武尊」は熊襲を平定したことを天皇に報告
- 景行四十年夏、東国の蝦夷が背き、辺境が動揺する
② 日本武尊の東国平定
- 景行四十年冬、「日本武尊」が東征に出発
- 「伊勢神宮」にいる叔母「倭媛命」に別れの言葉を述べ、草薙剣を授かる。
- 相模から上総へ船で渡る道中、暴風雨に遭う。「弟橘媛(おとたちばなひめ)」と数人の采女が身代わりに海に入ると、船団は無事上総に上陸した。
- 鹿野山・鬼泪山の悪路王を討伐し、陸奥国へ向かった
- 蘇我比咩様が千葉市中央区蘇我町近隣に漂着した
- 常陸国の蝦夷を平らげるも、帰路、鈴鹿の能褒野(三重県亀山市能褒野町)で亡くなる。
③ 千葉県内に残る景行天皇の伝承
上総国の浮島での行動
『日本書紀』に、「景行天皇」の次の事績が伝わります。
- 五十三年秋八月一日、「愛した子を思い偲ぶことを止めることはできない。「日本武尊」の平定した国々を巡幸したいと思う」といい、同月東国へ向け出発。
- 同年冬十月、上総国に行き、海路で安房水門(あわのみなと)に来た。
カクカクと鳴く姿を見せない覚賀鳥(かくかのとり)を見るため、海中まで出かけた。そこで大きな蛤が得られた。膳臣の先祖の「磐鹿六雁(いわかむつかり)」がこれを膾(なます)にして献上すると、その功を褒めて、膳大伴部(かしわでのおおともべ)の役を賜わった。 - 同年十二月、東国から帰り伊勢に住んだ。
下総国での行動
| 地名、神社名 | 景行天皇の行動 | 参考 |
|---|---|---|
| 葛飾野 | 浮島に逗留の際、当地で狩りを行った。 その際、印西市山田の「宗像神社」に寄った可能性がある(後述)。 | 『高橋氏文』 『千葉県神社名鑑』 |
| 印波鳥見丘 (印西市) | 当地で休憩し、常陸国の香澄里を眺め「丹霞空蒙云々…」と詠んだ。これが香澄里(潮来市周辺か)や霞ヶ浦の名称の由来であるという説がある。…a 印波鳥見丘の場所は、印西市の次の社の近隣に比定されている。 小林鳥見神社(b)、萩原鳥見神社(c)・平岡鳥見神社(f)・大森鳥見神社(d)・中根鳥見神社(e)・笠神鳥見神社(e) | a. 『常陸国風土記』 b.『下総国旧事考』 c.『利根川図志』 d.佐野太郎 e.『日本歴史地名体系』 f. 邨岡良弼 |
| 香取郡東庄町宮本 | 当地(旧名 八尾(やつお)岡)に滞在した。のち東海鎮護のために「春日命」なる人物に「東大社」(「八尾神社」)を創建させた。…a 当地に一社を営み「玉依姫命」を祀られたと伝わる。上記と同一か?…b | a. 『日本の神々』 b. 『千葉県神社名鑑』 |
| 宗像神社 (印西市山田) | 倭武命が当地に筑紫の「宗像神社」を祀る仮宮を奉斎。 景行天皇が葛飾野御狩の際に当社を「宗像宮」と号した。 | 『千葉県神社名鑑』 |
| 入日神社 (船橋市海神) | 長雨のため「入日神社」の船橋を架け祠を高丘に遷した。これが「意富比神社」であるという。 | 『千葉県誌 巻上 (県別郷土歴史叢書)』 |
| 意富比神社(船橋大神宮) (船橋市宮本) | 日本武尊の事績を追慕し、「意富比神社」の社号を与えた 。 | 『千葉県神社名鑑』 |
上総国での行動
| 地名、神社名 | 景行天皇の行動 | 参考 |
|---|---|---|
| 浮島 (安房郡鋸南町勝山) | 上述の通り | 『日本書紀』 『高橋氏文』 |
| 姉埼神社 (市原市姉崎) | 当社の相殿に「日本武尊」を祀った。 | 『千葉県神社名鑑』 |
| 島穴神社 (市原市島野) | 当社に「日本武尊」「倭比売尊」を合祀した。 | 『千葉県神社名鑑』 |
| 玉前神社 (長生郡一宮町) | 上総巡行の際、当地に親祭遊ばされた。 | 『千葉県神社名鑑』 |
安房国での行動
| 地名、神社名 | 景行天皇の行動 | 参考 |
|---|---|---|
| 山荻神社 (館山市山荻) | 諸国巡幸の際、当地で五穀豊穣を占った。 | 館山市HP【市指定無形民俗文化財】山荻神社の筒粥神事 |
④ 茨城県内に残る景行天皇の伝承
| 地名、神社名 | 内容 | 参考 |
|---|---|---|
| 甕山(鹿嶋市) | もともと豊前にあった大甕が、「神武天皇」が大和に移し、「景行天皇」が鹿島に移した | 『鹿島神宮』 |
| 行方郡の香澄里(潮来市周辺か) | 下総の印波鳥見丘で、香澄里の景色の歌を詠んだ。印波鳥見丘の項を参照のこと | 『常陸国風土記』 |
| 常陸国の河内郡の浮嶋村 | 浮嶋村に行幸し、仮宮を建て逗留した際、覺賀鳥の鳴き声が聞こえた。そこで伊賀理命にこれを捕えさせ、褒美として鳥取の姓を与えた。 | 『常陸国風土記』 |
| 信太郡の雄栗之村の碓井 | 浮島の帳宮に居た時に、飲水が無くて困った。そこで卜部に占わせて井戸を掘らせた。その碓井は今も雄栗之村にある。 | 『常陸国風土記』 |
参考
下記を参考にさせていただきました。
抜粋
『千葉県神社名鑑』抜粋
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『─』抜粋
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Webサイト
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書籍
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年
- 『日本書紀』
- 『高橋氏文』
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