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千葉県における景行天皇の事績 ― 東国巡幸の足跡をたどる

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千葉県における景行天皇の事績

上総国の鹿野山・鬼泪山で「悪路王」を打ち取った「日本武尊」の逸話はよく知られていますが、その父親である第十二代「景行天皇」も千葉県を訪れたと伝わっていることをご存じでしょうか?

『日本書紀』や「高家神社」の由緒に関連して、天皇が安房勝山でハマグリの膾を食べ、大変喜ばれた話を読んだことがある方もいるでしょう。一方、天皇の千葉県内におけるそれ以外の事績を調べてみると、かなりの数が残されていることがわかりました。

それをまとめると、次のような興味深い傾向が見えてきました。

  • 内房・外房・印旛沼周辺などの沿岸に近いところに伝承が多い
  • 式内社に関連する伝承が多い

⓪ 時代背景 ― 縄文~弥生期の過渡期

調査中…

① 景行天皇の東国平定まで

  • 景行二年、双子の息子が生まれる。弟の方が「日本武尊」である
  • 景行三年、息子「武内宿禰」が生まれる。
  • 景行二十五年、「武内宿禰」に北陸と東方の偵察を命じる
  • 景行二十七年春、帰還した「武内宿禰」が、「東国の日高見国の土地は越えていて広大、侵略すると良いでしょう」と報告
  • 景行二十七年冬、若干十六歳の「日本武尊」に熊襲討伐がくだる。翌年、「日本武尊」は熊襲を平定したことを天皇に報告
  • 景行四十年夏、東国の蝦夷が背き、辺境が動揺する

② 日本武尊の東国平定

  • 景行四十年冬、「日本武尊」が東征に出発
  • 「伊勢神宮」にいる叔母「倭媛命」に別れの言葉を述べ、草薙剣を授かる。
  • 相模から上総へ船で渡る道中、暴風雨に遭う。「弟橘媛(おとたちばなひめ)」と数人の采女が身代わりに海に入ると、船団は無事上総に上陸した。
    • 鹿野山・鬼泪山の悪路王を討伐し、陸奥国へ向かった
    • 蘇我比咩様が千葉市中央区蘇我町近隣に漂着した
  • 常陸国の蝦夷を平らげるも、帰路、鈴鹿の能褒野(三重県亀山市能褒野町)で亡くなる。

③ 千葉県内に残る景行天皇の伝承

上総国の浮島での行動

『日本書紀』に、「景行天皇」の次の事績が伝わります。

  • 五十三年秋八月一日、「愛した子を思い偲ぶことを止めることはできない。「日本武尊」の平定した国々を巡幸したいと思う」といい、同月東国へ向け出発。
  • 同年冬十月、上総国に行き、海路で安房水門(あわのみなと)に来た。
    カクカクと鳴く姿を見せない覚賀鳥(かくかのとり)を見るため、海中まで出かけた。そこで大きな蛤が得られた。膳臣の先祖の「磐鹿六雁(いわかむつかり)」がこれを膾(なます)にして献上すると、その功を褒めて、膳大伴部(かしわでのおおともべ)の役を賜わった。
  • 同年十二月、東国から帰り伊勢に住んだ。

下総国での行動

地名、神社名景行天皇の行動参考
葛飾野浮島に逗留の際、当地で狩りを行った。
その際、印西市山田の「宗像神社」に寄った可能性がある(後述)。
『高橋氏文』
『千葉県神社名鑑』
印波鳥見丘
(印西市)
当地で休憩し、常陸国の香澄里を眺め「丹霞空蒙云々…」と詠んだ。これが香澄里(潮来市周辺か)や霞ヶ浦の名称の由来であるという説がある。…a
印波鳥見丘の場所は、印西市の次の社の近隣に比定されている。
小林鳥見神社(b)、萩原鳥見神社(c)・平岡鳥見神社(f)・大森鳥見神社(d)・中根鳥見神社(e)・笠神鳥見神社(e)
a. 『常陸国風土記』
b.『下総国旧事考』
c.『利根川図志』
d.佐野太郎
e.『日本歴史地名体系』
f. 邨岡良弼
香取郡東庄町宮本当地(旧名 八尾(やつお)岡)に滞在した。のち東海鎮護のために「春日命」なる人物に「東大社」(「八尾神社」)を創建させた。…a
当地に一社を営み「玉依姫命」を祀られたと伝わる。上記と同一か?…b
a. 『日本の神々』
b. 『千葉県神社名鑑』
宗像神社
(印西市山田)
倭武命が当地に筑紫の「宗像神社」を祀る仮宮を奉斎。
景行天皇が葛飾野御狩の際に当社を「宗像宮」と号した。
『千葉県神社名鑑』
入日神社
(船橋市海神)
長雨のため「入日神社」の船橋を架け祠を高丘に遷した。これが「意富比神社」であるという。『千葉県誌 巻上 (県別郷土歴史叢書)』
意富比神社(船橋大神宮)
(船橋市宮本)
日本武尊の事績を追慕し、「意富比神社」の社号を与えた 。『千葉県神社名鑑』

上総国での行動

地名、神社名景行天皇の行動参考
浮島
(安房郡鋸南町勝山)
上述の通り『日本書紀』
『高橋氏文』
姉埼神社
(市原市姉崎)
当社の相殿に「日本武尊」を祀った。『千葉県神社名鑑』
島穴神社
(市原市島野)
当社に「日本武尊」「倭比売尊」を合祀した。 『千葉県神社名鑑』
玉前神社
(長生郡一宮町)
上総巡行の際、当地に親祭遊ばされた。 『千葉県神社名鑑』

安房国での行動

地名、神社名景行天皇の行動参考
山荻神社
(館山市山荻)
諸国巡幸の際、当地で五穀豊穣を占った。館山市HP【市指定無形民俗文化財】山荻神社の筒粥神事

④ 茨城県内に残る景行天皇の伝承

地名、神社名内容参考
甕山(鹿嶋市)もともと豊前にあった大甕が、「神武天皇」が大和に移し、「景行天皇」が鹿島に移した『鹿島神宮』
行方郡の香澄里(潮来市周辺か)下総の印波鳥見丘で、香澄里の景色の歌を詠んだ。印波鳥見丘の項を参照のこと『常陸国風土記』
常陸国の河内郡の浮嶋村浮嶋村に行幸し、仮宮を建て逗留した際、覺賀鳥の鳴き声が聞こえた。そこで伊賀理命にこれを捕えさせ、褒美として鳥取の姓を与えた。『常陸国風土記』
信太郡の雄栗之村の碓井浮島の帳宮に居た時に、飲水が無くて困った。そこで卜部に占わせて井戸を掘らせた。その碓井は今も雄栗之村にある。『常陸国風土記』

参考

下記を参考にさせていただきました。

抜粋

『千葉県神社名鑑』抜粋

『─』抜粋

Webサイト

書籍

  • 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年
  • 『日本書紀』
  • 『高橋氏文』

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