印西市吉高の宗像神社の概要


宗像神社は、948年(天暦二年)創建、印西市吉高に鎮座する神社です。明治期から終戦期まで村社に列格していました。
948年(天暦二年)に筑前国宗像郡田島から宗像三女神を勧請し治水・水産の神として崇敬、1907年(明治四十年)に保食神および岡象女命を合祀し、現在は次の神様を祭神としています。
- 田心姫命(たごりひめのみこと)
- 湍津姫命(たぎつひめのみこと)
- 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
- 保食命(うけもちのかみ)
- 岡象女命(みずはのめ)
『千葉県印旛郡誌』には、次の境内社が記載されています。
- 一、天満天神社 菅原道真公を祭る
- 二、金比羅大神 大物主命を祭る
- 三、秋葉大神 火産靈神を祭る
- 四、三峯大神 伊弉那冊命(いざなみのみこと)伊弉那岐命(いざなぎのみこと)を祭る
創建・由緒
宗像神社 旧指定村社
祭神
田心姫命(たごりひめのみこと)湍津姫命(たぎつひめのみこと)市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
由緒沿革
天暦二年、筑前国宗像から宗像三女神を勧請して社殿を創建したと伝えられる。以来宗像大明神と称せられ治水・水産の神として尊崇された。神官香取氏は代々その職を継ぎ、弘化二年宗像神社と改称された。明治四二年会計適用規定の指定、大正二年神撰幣帛供進指定の神社となった。
第十六 六合村誌
(二)村社宗像神社
吉高村宇宮作にあり田心姫命湍津姫命市杵島姫命、保食命、岡象女命を祭る天暦二年戊申六月十四日筑前國宗像郡田島より當村に勧請し宗像大明神を唱へ来れり後天和壬戊年十一月改造再興弘化二年社号に改替宗像神社と唱え祭日往古より六月十四日保食神及岡象女命は明治四十年十一月六日許可を得て合祀す社殿は明治卅五年九月廿八日全倒し拝殿は間口五町三戸奥行鳥居木造一基境内九百十一坪[官有地第一種]あり(中略)境内四社を祭る即
一、天満天神社 菅原道真公を祭る由緒不詳建物間口六尺奥行六尺
二、金比羅大神 大物主命を祭る由緒不詳建物間口四尺奥行五尺
三、秋葉大神 火産靈神を祭る由緒不詳建物間口四尺奥行二尺
四、三峯大神 伊弉那冊命伊弉那岐命を祭る由諸不詳建物間口二尺五寸奥行三尺[神社明細帳]
[官報報告云]式外なり祭神田心姫命湍津姫命市杵嶋姫命岡象女命とす創立不詳なるも和名抄にある所謂吉高の本村又佐倉風土記に大江千里の歌あり(中略)天正年中千葉氏吉高代介公この社側に城を築き檜造の本殿及拝殿を造せらる(後略)
写真図鑑
拝殿







本殿





鳥居




狛犬


境内社、手水
境内社の社名、祭神、創建年(西暦)が書いてあり大変ありがたいです。








境内風景


参拝順路






詳細情報
社号 | 宗像神社 |
ご祭神 | 田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、保食命(うけもちのかみ)、岡象女命(みずはのめ) |
境内社 | |
由緒・歴史 | |
神紋 | |
本殿の向き | |
住所 | 印西市吉高700-1 |
その他 | ■令和2年度 印西市民アカデミーだより+ 第6号 印西の宗像神社 https://www.city.inzai.lg.jp/cmsfiles/contents/0000010/10916/academy06.pdf |
参考
上記のWeb サイトのほかに、下記を参考にさせていただきました。
- 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年
- 『千葉県印旛郡誌』印旛郡 編 1913年