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神代神社│市原市神代

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市原市神代(かじろ)の神代神社(かじろじんじゃ)の概要

神代神社(かじろじんじゃ)は、景行天皇四〇年(114年)に創建された、市原市神代(かじろ)に鎮座する神社です。

千葉県内にわずか七社しかない国史現在社のひとつで、平安時代に朝廷より神階を授けられた由緒ある古社です。

明治期から終戦期まで郷社に列格していました。

祭神

祭神として次の神様が祀られています。

  • 天照大日孁尊(あまてらすおおひるめのみこと)
  • 保食神(うけもちのかみ)
  • 面足神(おもだるのかみ)

創建の謂れ

景行天皇四十年(114年)、皇子・小碓王(日本武尊)が東国平定のため相模国から海を渡って上総国に至ったとき、この地はいまだ十分に開かれておらず、人々の暮らしも安定していませんでした。

皇子はこれを深く憂い、村長に命じて社殿を創建し、日神をお祀りしました。以来、土地の人々はこの神を敬い、その御神威によって災いや邪気を退けたといいます。

そしてその神徳は広く知られるようになり、後に朝廷より神の位を授けられたとされています(後述)。

以上の逸話が『三代実録』巻十五に登載されていると、『千葉県神社名鑑』に記載されています(当サイト筆者未確認)。

神代(かじろ)の由来

『房総の古社』に、「神代」の読み方は次のように変遷したと記載されています。

かみやらい(祝詞の読み方) → かはらい(古来の読み方) → かじろ

「やらい」という名は、「はらい(祓い)」に由来するのでしょうか。前述の創建の由来には、「御神威によって災いや邪気を退けた」と伝えられています。そのことから、神威によって災いを祓うことを意味する「神はらい」が、時代を経て「神やらい」へと変化した可能性も考えられます。

国史現在社(こくしげんざいしゃ) ― 平安時代の朝廷より神階を授かった上総の古社

国史現在社(こくしげんざいしゃ)とは、平安時代に朝廷が編纂した歴史書「六国史」にその名が記された由緒ある神社のことです。国史見在社(こくしけんざいしゃ)とも言われます。

全国でも数は多くなく、千葉県内ではわずか七社(上総国に六社)しか確認されていません。当社「神代神社」は、その貴重な七社のうちの一社です。平安時代の歴史書『日本三代実録』(901年編纂)には、次のように記載されています。

『日本三代実録』抜粋

A. 貞観十年(868年)に、上総国の正六位上の「前廣神代神髙瀧神」が従五位下を授けられる

B. 元慶元年(877年)に、上総国の正六位上の「神代神。常世神。」が従五位下を授けられる

Aの「前廣神代神髙瀧神」は、「神」の字が一つ抜けたもので、本来は「前廣神」「神代神」「髙瀧神」だったとする説があります。一方、Bにも「神代神」と見えます。どちらにせよ、上総国の「神代神」が従五位下に昇叙したことがわかります。

これは、当社が今から千百五十年以上も前に、国家(朝廷)より正式に神階を授かったことを伝える貴重な記録です。

千葉県内には式内社が十八社、国史現在社が七社しかなく、当社はその中に数えられる極めて由緒ある古社で

写真図鑑

社殿周辺

拝殿

本殿の覆屋

覆屋の中の本殿

鳥居

狛犬

手水舎

その他

境内から見下ろす水田の風景です。

境内風景

参拝順路

台地上からの経路

台地の下の水田からの経路

鳥居からの参拝

基本情報

参考

下記を参考にさせていただきました。

抜粋

『千葉県神社名鑑』抜粋

神代神社(かじろじんじゃ) 旧郷社

祭神
天照大日孁尊(あまてらすおおひるめのみこと)保食神(うけもちのかみ)面足神(おもだるのかみ)

由緒沿革
景行天皇の四〇年創祀。神階従五位上。明治四年一一月二九日郷社に列格。『三代実録』巻十五に「景行天皇四〇年(一一四)皇子小碓王(日本武尊)東夷を征つため相模国より海を渡り上総国に至りし時、国土開かれず蒼生(万民)聊も生れず、皇子之を深く憂え仍て村長に命じ社殿を創建し日神を鎮め奉る。此に於て土民之を敬い長み以て妖邪を攘く。是に於て神徳世間に輝き其後朝廷より展御位を賜わる」と記されている。貞観一〇年(八六八)九月一七日上総国正六位上神代神授従五位下(類聚国史所載又同位書巻三十)。元慶元年(八七七)閏二月二六日上総国正六位神代神従五位下を授けられる(同書巻三十一)。同年五月一七日上総国従五位下勲五等神代神従五位上を授けられる。

『日本三代實録 3版』抜粋

清和天皇(貞観十年)
九月(中略)十七日丁未。(中略)上総国正六位上前廣神代神髙瀧神並授從五位下。

陽成天皇(元慶元年)
二月(中略)廿六日戊戌。(中略)上総國正六位上神代神常世神。(中略)並從五位下。

陽成天皇(元慶三年)
四月(中略)五日甲子。授(中略)下総国正六位上子松神從五位下。

光孝天皇(元慶八年)
七月(中略)十五日癸酉。(中略)上総国(中略)正六位上建市神田原神並從五位下。

参考:https://dl.ndl.go.jp/pid/3456452

Webサイト

書籍

  • 『千葉県神社名鑑』千葉県神社名鑑刊行委員会 編 1987年
  • 『日本三代實録 3版 (國史大系 : 新訂増補 ; 第4卷)』黒板勝美 校 1944年
    https://dl.ndl.go.jp/pid/3456452

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